また逢う日まで、さよならは言わないで。
桜はもう、葉桜へと変わり、葉のこすれる音が聞こえる。
未熟な緑が明日の太陽を待ちわびているかのようだ。
「ねえ、桜もう咲いてないよ」
私は直哉にまた連れ出され、あの公園に来ていた。
直哉が夕食を食べ終わったタイミングで、急に散歩しようなんて言い出したためである。
断ろうとしたら、お母さんになぜか睨まれたため。渋々一緒に来た次第だ。
「母の日、なんか予定あるの?」
私の問いかけには答えず、質問をしてくる直哉。
「別に特には毎年プレゼントとかはあげてないよ。毎年、ありがとうって言ってるだけだけど。今年もそのつもり」
「ふーん。バイト始めたのに?」
「……別にいいじゃん」
「ほら、少し早いけどこれ渡してやれよ」
直哉は公園の花壇の端に咲いていた赤色のカーネーションを一輪摘み取り、私に渡してくる。
「いやいや、犯罪じゃん」
「ばれねえよ」
「そんな問題じゃないよ」
「……これ、俺が学校帰りにここに植え替えたやつ」
直哉はポケットから今日の日付が書いてある花屋のレシートを私に見せてきた。そこには確かにカーネーションと書いてあった。
「犯罪じゃねえよ」
そう言って再び私の前にカーネーションを差し出してくる。
「……ありがと」
私は素直に受け取っていた。直哉が私の母親にプレゼントなんて初めてだった。
「直哉からって言って渡すね」
「いや、俺からっていうのは言わないでいいから。お前からってことでいいから」
「なんで?」
「なんでも」
そういって、直哉は公園を後にし、帰路につこうとしている様子だった。
私は特にそれ以上は何も言わずに、直哉の背中について行く。
枯れないように優しく、1輪のカーネーションを手にもって。