また逢う日まで、さよならは言わないで。
今しかないと思った。
「……立花さん」
「ん?」
「あのときは……ごめんなさい」
「……あのとき?」
そう言って、立花さんがわずかに首を傾げたのがわかった。
「あの夏の日。立花さんがバイト先に挨拶に来てくれた日」
「ああ……」
そして、夜空を仰ぐ立花さん。
180を超える高身長の彼。
首を少し上げただけで、身長の低い私には、彼の首筋がきれいに見える。
そして、急に私に目線を合わせてきて、にこりと優しく微笑んだ。
「気にしてないよ。謝るのはむしろ逆。俺の方だから。嘘ついちゃったわけだしね」
「直哉から聞きました。……自分のために嘘ついてくれてたんだって」
スーパーへ向かっていた道中、直哉は、立花さんのあの告白の真実を教えてくれた。
自分を守るために、立花さんは嘘をついていたんだと。
だけど、私を好きだといったことは嘘ではなかったということを……。
「そっか。まあでも、いくらホクトのためとはいえ、嘘をついたことには変わりないからね。だから気にしなくていいよ」
そういって、立花さんは、私に背を向け、家の方へ歩き出そうとした時だった。
「……あ、あの」
私はそれを制する。
まだ大事なことを言っていなかった。
立花さんは、もう一度私のほうを振り返ってその真っすぐな目で私を見た。
「あの時の告白の返事なんですけど……」
あの時は、気が動転していて、傷つくようなひどい言葉を浴びせられるだけ浴びせて、あの告白の返事はしていなかった。
立花さんが、そこでにっこりと私に微笑むのがわかった。
「うん、わかってるよ」
「……え?」
「ホクト……。いや、直哉が好きなんでしょ?」
なんで……知って……。
開いた口が塞がらない状態とはまさにこういうことを言うのだろう。
「その表情からして、俺がそのことを知ってることが、意外だったみたいだね」
そりゃあそうだ。
だって、私もさっきこの気持ちに気付いたのだから。
それまでは、ずっとあなた。
私は、立花さんを好きだと思っていたのだから。
「安心してっていうのは変だけど……。ホクトは來花ちゃんからそう思われてるなんて、微塵も思ってないよ」
「……じゃあなんで……」
「來花ちゃんを見ていればわかるよ。この世界での接客業が板についてきたのか、人間観察をすることが癖になっちゃっててね」
そういって、立花さんは、口角をきゅっと上に上げた。
「悔しいけどね。……相手がホクトじゃ、素直にあきらめるよ」
そういって立花さんは、再び私に背中を向け、玄関の方へ歩いていく。
私は少し急ぎ足で、立花さんのその背中を追いかけた。
立花さんは、私が追いかけてきたのがわかったのか、玄関の扉開け、私に先に入るよう促してくれる。
私は、促されるまま、立花さんよりも先に、家の中へ入る。
こういう紳士的なところにひかれた私。
そんな私に応えてくれたにも関わらず、別の人を好きになってしまった私。
少しの罪悪感が、もやもやと胸のあたりに広がったのがわかった。
その時、頭が一瞬くしゃくしゃと撫でられたのがわかり、私は思わずその犯人を見上げる。
「ありがとう」
「え?」
そこには、笑顔の立花さんが私を見下ろしていて。
「自分の気持ち正直に伝えてくれようとしてくれて」
そう、立花さんは、言い残し、彼は、私よりも先にみんなのいるリビングへと戻っていった。
私はというと。
立花さんがリビングに戻っていくのをただただ玄関で突っ立って見ていて。
立花さんがリビングに戻ったのを確認すると、さっき撫でられた自分の頭を自ら触っていて。
「……どこまで優しいの」
気づけば、もう誰もいないリビングに、そう私はポツリ言葉をこぼしてしまっていた。