また逢う日まで、さよならは言わないで。
立花副店長が集合場所に指定したのは、海だった。
少し早く着いてしまった私。
防波堤に腰掛け、海を眺めて待っていた。
太陽はすでに空高く上がっている。海は太陽の光に応えるかのように水面を光らせる。
波の音が私を包んでいた。
「お待たせ」
背後から聞き覚えのある声が聞こえる。
その瞬間、心臓は激しく高鳴る。
落ち着け心臓。
いつもバイト先であってる副店長だから。
そんなに緊張する必要はないんだから。
私は意を決して振り向いた。
「なんか今日雰囲気違うね」
そう言って彼は私にやさしく笑いかけた。
いつも、バイト先でしか会わないため、ちゃんと立花副店長の私服を見るのは初めてだった。
黒のズボンと清潔感のある薄い空色のシャツを着て、私に向かって手を振っている。
「そうですか?」
「うん、かわいいじゃん」
そういって、立花副店長は私の気も知らないで、頭を優しくなでた。
頬が自然と赤くなる私。
それを隠そうと、立花副店長から視線をそらす。
「じゃ、あそこの車にのって。連れていきたい店があるんだ」
そういって、立花副店長は駐車場に止まっていた黒い車を指さした。
「……副店長車持ちですか?」
「ああ、休みの日はよく車で出かけるんだ」
見るからに高級そうな車だった。
あのカフェの副店長ってそんなに給料がいいのだろうか。
少し不思議に思ったが、立花副店長に限って、変な商売をやっているということは考えられない。
きっと長い時間をかけ、貯金し、購入したのだろう。
今のところ、立花副店長の姿しか見当たらない。
車の中も、誰もいない様子だ。
「あの……」
立花副店長が駐車場へ向かって一歩、歩み始めようとしたとき、私はそれを制するように声をかけた。
立花副店長は私のほうを振りかえる。
「どうした?」
「今日って……私だけですか?」
立花副店長は私のその問いかけに、口角をあげた。
「男の人に海に誘われるってことは、そういうことだよ」
私の頭の上にさらにクエスチョンマークが浮かぶのが、自分でもわかった。
「デート。だから二人っきりだよ」
そういって、立花副店長は戸惑う私の手を優しく手に取った。
私は手を引かれ、素直に立花副店長へついて行く。
私は思考が追い付いていなかった。
今日は二人っきりだということは分かった。
だけど、なぜ立花副店長が私と二人っきりで出かけるのかがわからなかった。
「具合でも悪い?」
気づけば立花副店長は運転席に座り、私はその助手席に座っている。
そして、車はいつの間にか走り出していた。
運転する姿も素晴らしくかっこいい。
こんな姿を私が独占してしまってもいいのだろうか。
なんだか、世の中の女子に悪い気がしてしまう。
「いえ、元気です」
もう、私は考えるのをやめることにした。
考えたってしょうがない。
今は、助手席という特別席から、立花副店長を見るほうが優先だ。
次はいつこの席から立花副店長をみられるのかわからないのだから。
もしかしたらこれっきりなのかもしれないから。