幼馴染からの抜け出し方
2.
***
二十五年間の人生で、誰かに頬をぶたれたのは今日が初めてだった。
ヒリヒリと痛む右頬をハンカチで軽く押さえながら、人通りの多い街中をとぼとぼと歩く。
金曜日。
時刻は二十一時を過ぎた頃。
茅野めぐみ、二十五歳。
たった今、付き合って一年になる彼氏のアパートを飛び出してきた。
どうやら彼氏には私よりも交際期間の長い本命の彼女がいて、それを知らずに付き合っていた私はただの浮気相手だったらしい。
彼氏のアパートで本命彼女と鉢合わせしてしまい、『このサイテー女』と言われながら右頬を思い切りぶたれた。
え、私が悪いの?
なにも知らなかった私だって被害者のはずなのに。最低なのは二股をかけていた彼氏のはずなのに。どうやら本命彼女の怒りの矛先は、私だけに向かったようだ。
ああ、それにしても頬が痛い。けっこう強くぶたれたからなぁ。親父にもぶたれたことないのに……と、某アニメの有名なセリフを呟いてみる。そのアニメ、見たことないんだけど。そして、そんなことを呟けるほど、心に余裕はないのだけれど。
「ハァ……」
今度は重たいため息がこぼれてしまった。
頬の腫れは少し引いただろうか。そう思い、ハンカチをそっと取って、バッグの中から取り出した手鏡で確認してみる。
だめだ。まだかなり腫れている。痛い。
あの女、どんだけ強い力で私の頬をぶってくれたんだ。