またいつか君と、笑顔で会える日まで。
「あっ、お母さん。それとさ……アイロンが欲しいんだ。買ってくれない?」

母の機嫌がいいタイミングで切り出した。

「なんで?アイロン?そんなものいらないでしょ」

「給食当番の白衣はアイロンしなくちゃいけないんだって。クシャクシャだと次に使う子が可哀想だからアイロンしてきてって先生が言ってたの」

「……ハァ!?なんでよ。そんなことを言うなら先生がかけてあげたらいいじゃない。そんなの強制されることじゃないでしょ」

「でも……」

こうなってしまったら母は首を絶対に縦に振らない。

色々な角度から鏡の中の自分の姿を確認している母にそっと問いかける。

「今日、帰ってくる?」

「なんで?」

「お母さん、帰ってくるよね?」

母は大きなため息をつくと、まくしたてるように言った。

「あのねぇ、リリカ。お母さん、遊んでるわけじゃないのよ。これはお仕事なの。リリカが美味しいご飯食べられるのは誰のおかげ?考えてみて。こうやって何不自由なく暮らせてるのはお母さんのおかげでしょ?もうリリカは3年生でしょ。自分のことは自分でできるようになりなさい。お母さんが数日いないぐらいでそんな暗い顔しないの」

母の言葉でハッキリした。母は数日間、家を留守にするようだ。

「でも……」

「あっ、もう行かなくちゃ。新幹線に乗り遅れちゃう!!」

ヘアアイロンのスイッチを切り部屋の中を慌ただしく走り回る母はなぜかとても楽しそうだ。

洗濯機の上のプリントが床に落ち、母はそれをスリッパで踏んだ。

「あぁ、やだ。なんか踏んじゃった。リリカ、あとで掃除しておいてね!」

そのプリントを足で蹴飛ばすと、母は上機嫌なまま黒いエナメルのチェーンバッグを肩にかけた。

「お母さん……!」

玄関先で腰を屈めて高いヒールに足を入れた母のシャツをキュッと掴む。

行かないで。お願いだから、置いていかないで。

一人は寂しいよ。夜は暗くて怖いよ。だからお願い。

――行かないで。
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