またいつか君と、笑顔で会える日まで。
うちのアパートとは比べ物にならないほどの大きさの玄関や床は手入れが行き届きピカピカだ。
壁にはセンスのいい絵画が飾られ、キッチンの方からは甘い匂いが漂ってくる。
萌奈のお母さんはこんな時間までエプロンをつけて何かを作っていたんだろうか。
玄関先には低いヒール靴と磨かれた紳士物の黒い革靴と萌奈の靴が揃って置かれている。
仲睦まじい3人家族の絵が目に浮かぶ。
幸せを絵にかいたような家庭で萌奈は育ったんだろう。
2階から話し声が聞こえる。突然やってきたあたしに萌奈はきっと驚くだろう。
ポケットの中のスマホがブーっブーっと音を立てて震えた。
ラインが届いたようだ。ポケットから取り出して確認する。
【母:たっくんが怒ってる】
【母:今日、たっくんの誕生日だから早く帰ってくるっていってたのにどこにいるの!?】
ハッとする。
そういえば今朝、今日は高橋の誕生日だから早く帰ってくるようにと念を押されていたのだ。
毎年、高橋の誕生日は我が家で祝うことになっていた。
祝うといっても母が買ってきた安物のケーキを食べ、ビールをたらふく飲むだけ。
二人は酒を酌み交わしてどんちゃん騒ぎをし、あたしは翌日その後片付けに追われる。
別にあたしがいようがいまいがかまわないはずなのに、母も高橋もなぜかあたしも巻き込もうとする。
勝手にやって構わないのに。あんな男の誕生日を祝う義理はあたしにはない。
【ごめん。まだバイト】
適当に返信してからポケットの中にスマホを押し込んだとき、階段から萌奈がゆっくりとした足取りで下りてきた。
部屋着だからかいつもと雰囲気が違う。目が合うと、萌奈はほんの少しだけ驚いたように目を見開いた。
『あんなことがあったけど……よかったわよねぇ。生きていて』
お隣の斎藤さんの言葉が蘇る。
あたしは萌奈を怖がらせないようにできる限りの笑顔を彼女に向けた。