こんなにも愛しているのに〜すれ違う夫婦〜
その日は樹の父親の退職記念日だった。
義父は大手証券会社の重役を務め
この日
70歳で役職定年を迎えていた。

家族だけのお祝いかと思っていたら
親戚や
親子ともに仲がいい
林田さん母息子もお呼びしての盛大なお祝いの会だった。

会社が催してくれた記念パーティーなどで
義母はかなり上機嫌で
あれやこれやと手配をしていたようだった。

「本当なら嫁のあなたに一番に手伝って欲しかったのだけど
調子が悪いって樹から聞いていたし、それを押して私が頼んで
また具合でも悪くさせちゃったら、樹から叱られるから
遠慮していたのよ。
でも、
今日はせめておもてなしに心を砕いてちょうだいね。」

開口一番
言われた。

私の妊娠生活は順調とは言えず、
体調を崩しがちで
安静を心がけながら毎日を過ごしていたので
本当だったら
欠席したいような会だった。

その頃はもうふっくらとしたお腹に
みなさんから祝福をもらい
林田さんからは
大変なときにごめんな
と彼らしい軽い挨拶をくれた。

林田さんのお母様は
’この子も早く落ち着いてくれたらいいのに。’
と愚痴をこぼしていらした。
彼に不特定多数の女性との噂(本当のことだが)は
常にあったが
中々結婚まで至らず
親御さんを心配させていた。

私はできるだけ目立たないようにして
手伝いに回っていたが
やはり
疲れてお腹が張って来たため
樹からお義母様に言ってもらって、
離れで休ませてもらった。

少し
横になって微睡んだが
気になって
起き出し
お台所へと向かった。

「そうなのよ。。。」

お台所の手前の茶の間から義母の声が聞こえた。
そっと足音を忍ばせて通り過ぎようとした。

「結婚してすぐに妊娠して、この忙しい最中に妊娠して。まぁ
茉里さん一人の責任じゃないけど、
母親は妊娠したら親としての覚悟はできるけど
父親はそうじゃないじゃない。
じっくりと親になっていくと思うのよね。
特にうちの樹は、ゆっくりとじっくりと進む方っだから。
よく覚悟もできないまま、向こうの親の言う通りに結婚して、
そして妊娠されて
もう手枷足枷をはめられて、身動きをできないようにされたも同然よ。
本当はアメリカにも留学したかったのに。。。私たちもそのつもりだったのよ。」

「おばさん、まぁ、樹が茉里ちゃん一筋だったんだから、今更何を言っても仕方が
ないですよ。」

林田さんの声もする。

「でも
あなたも言っていたじゃない。樹くんはこんなに早く結婚するつもりも
、親になるつもりも
なかったのにって。」

林田くんのお母様の声だ。

「樹は、留学して帰国してから結婚してもよかったかなって。
茉里ちゃんのお父さんから、きちんとケジメだけはつけてくれって言われて
決心したって言ってたな。
まぁ、留学したら茉里ちゃんと続いていたかもわからないしな。樹はモテるから。」

「私は茉里さんのように、気が強いのに何も言わない人より、
明るくてよく笑う人の方が
よかったわ。
同級生の美緒ちゃん。
あの子のお母様といずれは二人をって言っていたのよ。
私たち。ねぇ、桂子さん。」

「美緒ちゃんはいい子だわ。
明るくって、気配りができて。この子のお嫁さんにも欲しいくらいなのに、
流石にいい子には縁談も振るようにあって、
今では大病院の跡取り副院長夫人ですものね。」

「そうなのよ。今でも、お茶会でお会いするたびに、優しくご挨拶してくださるのよね。
樹くんはお元気ですかって。
私がお嫁さんになってね、なんて言っていたから。
申し訳ないことをしたわ。
真由美ちゃんなら家同士も釣り合っていて、お付き合いする世界も一緒で、
私も苦労しなかったけど
茉里さんのところは、学校の先生という公務員ですものね。
いろいろと違うのよ。。。」

聞いていてはいけない。
と思いながらも
足が凍りついたように一歩も動かなかった。
義母は
私が私だから何もかも気に入らなかったのだ。
気に入られているとは思わなかったが
ここまで
邪険に思われているとは、、、

「茉里、もう具合はいいのか。」

いつ
近くまでやって来たのか樹が私に声をかけた。
きっと
部屋の中の義母たちにも聞こえているだろう。
義母たちの話が私に聞こえていたのがわかり
きっと
固まっているに違いない。

「ごめんなさい。
どうしても、よくならないから、今から帰ります。
あなたはゆっくりとして。」

私は逃げるようにそこを去った。
もう
義母たちと話もしたくなかった。
気に入らないなら
樹を引き取ってください。
と叫びたくなってしまった。

後日
私はそう義母に言った。

立ち聞きなんて
見苦しい。
これだから躾がなっていない嫁なんかいらなかったのに。
おかげで
林田さんに対して恥をかいた。


電話で開口一番言われた。

「お義母様。
廊下まで聞こえるようにお話をされていたのはお義母様たちです。
そこまで
私のことがそこまでお気に召さないのなら
どうぞ
樹さんにおしゃって私との離婚を勧められてください。
私はもうこれ以上、私のことや私の両親のことを貶めることを
言われたくありません。
私は両親を尊敬しています。決して派手ではないけど、生きることの
厳しさや喜びを教えてもらったと思っています。
もう
これ以上私は西澤家の嫁として、頑張れません。」

そう言って
電話を切った。

きっと
普通だったら我慢できたと思う。
樹の親だから、と。
でも
あんなことがあって
樹のこと自体を受け入れられない私には
もう
我慢ができなかったのだ。
これで樹が
離婚するなら離婚してもいいと。

お腹の子には
生まれ落ちたときにはもうすでに
父親不在の子となってしまうが
私とましろで愛してあげよう。
と決心していた。

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