こんなにも愛しているのに〜すれ違う夫婦〜
本当にあの日は辛く悔しかった日だ。

樹から香水の女性の影を感じなくなって
表面平穏な幸せな生活が続いているようだったが
あの日の彼女との出会いがトゲのように私に刺さり
それが抜けずに
ふと気がつくとそのトゲの傷が膿んで全身に痛みが回る感覚に
何度も襲われた。

「彼女、勝ち誇ったように私に言ったの。
私はこんなに樹の近くにいたんですよって。
ご自分は結婚して、お子さんまで出来ているって言うのに。
樹のことを諦めきれなかったのかしら。
あの時のことをすぐにあなたに言えなくって、ずっと辛かったし
そのことが樹と抱き合うことができなくなった一番の原因だけど
どうして、あの時離婚になってもあなたときちんと向き合わなかったの
だろうって後悔ばかり。。。」

「茉里、、、
卑怯だと分かっているが、深野とのことは間違いだった。」

絞り出すように声にした。

「あの日、いつもみんなと飲むように一緒に飲んでいた。
あれが、会社をやめていく深野と最後の二人飲みだった。
それまでだって、二人で食事したり飲んだりしたことはあった。
同志という意識しかなかった俺は、何も考えずに、もっと飲もう
最後だから付き合ってという深野に、深く考えもせずに、付き合って
飲み重ねていた。。。」

そうなんだ。
いつものように、飲んでいただけなんだ。
ただ
打ち続く徹夜作業、
会社を始末するという作業
それら疲労を伴う作業を続けていたせいで
俺は前後不覚に酔ってしまった。

深野は、、、
どうだったんだろう。
気がついたら
ホテルの一室で、深野と全裸で抱き合っていた。
どこかで
何をやっているんだと
覚醒した自分がいたが
’止めないで!’という
深野の声とすがりつく彼女の腕から
逃げられずに
彼女の身体に自分を沈めてしまった。

そのままつい寝てしまったらしく
起きて
自分がしてしまったことに驚愕し
思わず吐き気を催して
トイレに駆け込み、
盛大に吐いてしまったんだ。

「なんてことをしてしまったんだろう。
俺には茉里がいるのに、深野には婚約者がいるのに。
酔った挙句のこととはいえ、取り返しのつかないことをしてしまった。
と、もう自分を消したいくらい、自己嫌悪に落ち込んだよ。」

「。。。。。」

「そのまま、慌てて服を着て、
深野に謝った。土下座して謝った。
お互いに大事な人がいる身で、酔った上でとはいえ許されないことを
した。と。
どうやって責任を取ったらいいか、今はものすごく混乱しているが
って、しどろもどろになりながら、深野に言ったような気がする。」

「彼女はなんて、、、
彼女も過ちだったって、言った?」

「なかったことにしましょう。
って。
そんなにトイレに入って盛大に吐かれて、死にそうな顔で謝られて、
いっぺんで覚めた。
だから、お互いになかったことにしましょう。って」

本当は
その後、彼女は言ったんだ。

『私は西澤くんと、こうなれてよかった。婚約者の彼はいい人だけど、
西澤くん以上の男ではないのよ。
西澤くんは奥さんが一番大事。私も彼との結婚はやめられない。
でも、時々あって、こうやって私と過ごしてくれるだけでいいから。
私と付き合って欲しい、、、』

本当に恐ろしいと思った。
彼女は自分の婚約者を俺の茉里を裏切り続けると言っているのだ。

『時々でいいのよ。
身体だけもでいいから、、、西澤くんの一番にはなれないかもしれないけど。私は
それでいいから。。。』

『やめてくれ!これは間違いだったんだ。酔っていなかったら、こんなことには
ならなかった。深野もよく考えろ。
俺との将来なんて、ないんだ。
深野がこのことで俺を脅迫するのなら、俺は茉里に全部を言う。それで、許されなくても
深野と不毛な関係を続けるより、マシだと思う。』

深野の顔が歪んだ。
俺が深野にとってひどいことを言っているのは分かっていたが
これ以上彼女のとの関係を重ねる気はなかった。

本当にあの時のことは、大きな間違いだったんだ。

「でも、彼女は納得がいかなかったから、私に匂わせたのね。
卑怯だと思うわ。
それを聞きながら、樹が私に何も言ってくれないことが、
私自身を否定されているようで
なんで、一緒にいるんだろうって、また思ったの。
そのころは、あなたとの離婚を真剣に考えて、ましろと廉と3人で生きていこうって
決心していたのよ。
私たちは、夫婦でもなかったし、家族でもなかった。」

「茉里。。。俺が不甲斐ないばかりに辛い思いばかりをさせて。」

「そういう危うい夫婦である私たちの足元を狙われたのね。
あなたも彼女といる方が、私といるよりずっと気が楽だったはず。
どうして、あなたは私と離婚しなかったのかしらね。
私はあなたの支えにも何にもならなかったのに。
私はあなたにとっていてもいなくてもいい存在だったのよ。
あの勝ち誇ったような彼女の顔は、忘れたくても忘れられない。。。
あの人とあなたが抱き合っていたのかと思うと、あなたから手を
差し伸べられるだけで、気持ちが悪くなった。。。
なのに、離婚しなかった私も狡いわね。」

「違う、、、俺は茉里がいたから頑張られた。自分勝手なことをして来たけど
茉里がついてきてくれるからと、信じていたんだ。傲慢だよな。
与えてもらうばかりで、与えることをしないで、押し付けるだけの俺だった。
深野とのことも、思いがけないことばかりだ。
戦友とも言えるような気が置けない仲間と思っていたのに、
足を踏み外してしまって、深野から直接茉里を傷つけることになって。
俺のせいだ。」

「傷つける、、、そうね。のうのうとあなたの奥さんであり続けている
私が憎かったんでしょうね。
次から次へと、あなたと彼女が会社でどれだけ親密に仕事をしてきたか
アフター5を過ごして来たかを知らされた。
社内旅行で飲んだ挙句に雑魚寝して、同じお布団にくるまっていて朝起きて
大笑いしましたって、、、本当に嫌な女だと心底思ったの。
樹もろくな恋愛をしていないのねって、、、返って冷静になって
ちょっと意地悪をしたのよ。」

深野の話に頭が痛くなってきた。
確かに雑魚寝して、同じ布団にくるまっていたが、そこにはまだ2、3人
いたはずだ。
深野と二人くるまることどころか、俺ははみ出されていてそのことで笑ったのに。
もう10年以上前の話だが、あの頃は笑い話だったのが今考えると
茉里ではなくてもパートーナーが知ったら、嫌に話には違いない。

意地悪をしたという茉里の顔は相変わらず泣き顔のままだ。
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