精霊たちのメサイア

33.逃亡者

33.逃亡者


ずっとニコラース殿下の言葉が胸に引っかかっていて、カストロ辺境伯領から戻ってすぐにお父様たちに我儘を言って王都に行く許可をもらった。


「ごめんね、色んなところに連れ回しちゃって……」

「何をおっしゃるんですか。 私はレイラお嬢様と一緒にいられてとても嬉しいですよ」


最近結婚したサラ。サラにも申し訳ないけど、サラのご主人にも申し訳ない。

サラはウォーカー子爵の長男であるコリン様と結婚した。式にも参列させてもらい、その際に少しだけ挨拶をさせてもらったけど、とても優しそうな男性だった。何より、隣にいるサラの表情がいつも以上に優しさに溢れていた。

王都の教会に着いてお祈りを済ませ、いつものようにローゼンハイム聖下の元へ向かった。


「ご無沙汰しております。 お元気でしたか?」

「えぇ、私の方は変わりありません。 レイラ様もお変わりありませんか?」

「はい、私も変わりありません。 そうだ、これお土産です」


カストロ辺境伯領で買ったチョコレートのクッキーやらケーキやら…とにかく甘いもの詰め合わせをローゼンハイム聖下にお渡しした。

今日のお茶はルイボスティーに良く似た風味だった。


「康寧の聖女様にお会いしました。 ローゼンハイム聖下が仰ってた様にとても心の優しい方で、直ぐに仲良くなりました」

「そうですか、それは良かったです」

「……私、これからもローゼンハイム聖下に会いにきて大丈夫ですか?」

「勿論です。 何故そう思われるのです?」

「王族でも中々お会いになれない方だと聞きました。 そんな方にお会いしている上、お茶にお付き合いいただくなんて申し訳ない気がして……」


凄い方なのはこの世界の人間じゃない私にだってわかる。でも私の中でローゼンハイム聖下は心を許せる数少ない人。友人の様であり、不思議と家族の様な人。気軽にとまではいかなくとも、定期的にお会いしたい。


「王族や貴族とあまり親交を持たないのは、権力争いに巻き込まれない為です。 私がどこかに肩入れしていると思われれば、それは教会が力を貸すと思われても仕方のない事。 そう思われる事を避けたいのです。 ですから王族であろうと貴族であろうと緊急性や重要性の低いものに対しては私は対応いたしません。 他のもので事足りるのであれば、私は静観するのみです。 もちろん生誕祭などの大きな催しの時には王家と共に祈りを捧げますよ」

「私も貴族です、よね?」

「そうですね。 ですがベアトリス様という繋がりがあります。 これは秘密にすべき事ではないので、もしもの時には公表すればいいかと」


一見爽やかにニコッと微笑んでいる様にも見えるけど、腹黒さを感じなくはない。でもまぁ、聖下がそう言ってくれるなら私としてはホッとする。

この時間が好きだから。


「本当に聞きたいことはなんでしょうか?」


聖下にはお見通しらしい。この穏やかな表情と癒される様な空気感に騙されてはいけない。私の知る人の中で誰よりも敵に回してはいけないのはローゼンハイム聖下だと思う。


「実はニコラース殿下からローゼンハイム聖下にお会いすることがあれば伝えて欲しいと言われて……」

「ニコラース殿下が? なんでしょう?」

「『神々に感謝を、そして彷徨える魂に祝福を……』そう伝えて欲しいと言われました」

「その言伝を頼まれた時、他にも人はいましたか?」

「私のメイドのサラが一緒でした」


ローゼンハイム聖下はお茶を飲み、黙り込んでしまった。その間口を開いていい雰囲気ではなくて、気まずさを誤魔化す様にお菓子に手をつけた。

どのくらいの沈黙が続いただろうか。ローゼンハイム聖下が何も言わずに手を挙げると、ファニーニ枢機卿は静かに礼をしてどこかへ行ってしまった。


「ニコラース殿下は小さい頃からお優しく、聡明な方でした。 精霊と契約していないとはいえ神力が強いので、上位精霊と契約している者とでも互角に戦えるでしょう」

「え!? そんなに強い方だったんですか!?」

「そうです。 ですが争いの中に身を置くには、あの方は優しすぎるのです。 そして争いを好まない。 ですから自ら神力を抑える事を望まれました。 秘密裏に神力を制御する指輪をお渡ししました。 お母様である王妃陛下が贈られた指輪と同じ作りの物を」


力があれば王様になれるかもしれないのに、それをわざわざ封印するってことは王様になりたくないのかな?

でもちゃんと話したことがない私でさえ、物凄く優しそうな人と思った。そんな人が王様になるのは色々と大変だろうし辛いだろうなと思う。


「指輪をはめたニコラース殿下は朝起きたら急に神力を感じられなくなったと言い、皆が殿下の神力を取り戻そうと躍起になりました。 ですがどうする事も出来なかった……それは当たり前ですよね。 殿下ご自身が望んで封印されているのですから。 神力が使えなくなったとなってからは殿下とは行事の時以外に会う事がなくなりました。 その殿下がレイラ様を通じて私に伝言を頼んだということは緊急事態なのでしょう」

「神力を封じてから会わなくなったとはいえ、わざわざ私に頼まなくてもお手紙を送れば早かったのではないですか? 昔仲良かった人に懐かしくなって連絡を取ってみようっていうのは良くある事ですし……」

「幼い頃とは状況が違いますからね。 一見穏やかな時に見えても、アレクサンダー殿下、トゥーサン殿下……皆様が大人へと成長された今は王位継承争いが激しくなってきた頃かと思います。 そんな時にそんなつもりはなくとも私と接触をしようものなら、玉座を望んでいると誤解をされても文句は言えないでしょう。 ですから賭けに出たのです」

「賭け?」

「アレクサンダー殿下やジュリア殿下と友好関係を築いているレイラ様にお願いをするのは勇気が入った事でしょう。 ですが貴女ならちゃんと伝言を伝えてくれると信じたのでしょう」


信じてもらえるほどニコラース殿下とは話してないんだけどな。

なんで?

頭の中にはハテナがいっぱいだけど、いくら考えても分からなかった。


「もし可能であれば、レイラ様に私とニコラース殿下の橋渡し役をお願いしたいのですが…お願いできますか?」

「橋渡し役というのは何をすればいいんでしょうか?」

「ニコラース殿下の言葉を私に、私の言葉をニコラース殿下に伝えて欲しいのです。 会ってお話ができれば一番いいのですが、誰にも見られず抜け出すというのは精霊の契約者ではないニコラース殿下には難しいでしょうから、面倒ではありますが私たちのやりとりをお願いしたいのです」


誰にも見られずに抜け出す……その言葉を聞いてピンときた。


「どうにかできるかもしれません!!」


成功するか分からないけど、ローゼンハイム聖下に計画を話し教会を後にした。

サラと合流した後、気分転換にお買い物する事にした。いつもは上流貴族が多いエリアだけど、今日は上流貴族の少ないエリアに足を伸ばした。そこはカジュアルなお店が多く、屋台の様な出店もある。

賑やかな街並みだけど、ふと路地を覗くとその先は薄暗す少し不気味さを感じた。


「レイラお嬢様、その先に行かれてはいけませんよ」

「この先は何があるの?」

「その先には貧困街と非合法の娼館があります。 とても治安の悪い場所ですので、足を踏み入れてはいけません」


非合法って事は、合法なものもあるのね……。


「ウワッ!?」

「レイラお嬢様!」


その場を離れようとしたら何かにぶつかられて、こけそうになったところをサラが支えてくれた。

私を庇う様に護衛騎士が剣を抜き、立っている。


「何者だ!!」


騎士の剣の先にはボロボロの洋服を着た女の子が地面に座り込んでいた。騎士を見上げる瞳には涙が溢れ、身体は震えている。


「レイラお嬢様! いけません!」

「大丈夫だよ」


女の子と目線を合わせるために膝をついた。


「余所見をしていてごめんなさい。 怪我はない?」

「あ、い、いえ、悪いのはわ、私で……も、申し訳あり、ません……」


震える肩に触れると、女の子はびくつかせた。

とても痩せ細っている。スリムでスタイルがいいとかそんな感じじゃなくて、とても不健康な痩せ方。


「見つけたぞ!!」


男の野太い声に女の子は更に身体を震わせた。


「これはこれは、どこの御令嬢か存じませんが、その子を見つけて下さって感謝します」


下卑た笑みを浮かべる男たちにゾッとした。あの顔を……あの目を知っている。あの日…この世界に来る直前に父は同じ様な表情を浮かべていた。色んな出来事がフラッシュバックする。恐怖と憎しみが込み上げてくる。


「この子とあなた方の関係は?」

「うちの商品ですよ」


ニタニタと笑う男たちに吐き気がした。


「商品? では私が買いましょう。 今は持ち合わせがありませんから、どうぞ後ほどヴァレリー侯爵家へお越し下さい」

「こ、侯爵家!?」


私の言葉を確認する様に、男たちは騎士たちの家紋を見て青ざめていく。

ぶが悪いと思ったのか、男たちは「その女と俺たちは何の関係もねー!!」と言って慌てて逃げていった。




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