精霊たちのメサイア
35.社交界
35.社交界
王族や貴族がいつも以上にパーティーをする時期らしく、私もお父様とお母様と一緒に暫く王都のヴァレリー侯爵家に滞在することとなった。
あれからひと月程過ぎたけど、リタは仕事の覚えが早い上に、社交性もあってお屋敷のみんなと直ぐに打ち解けた。それに思いやりもあって、純粋な人。今回の王都滞在にも勿論ついてきてもらった。
「そのドレスでしたらこちらのネックレスの方がいいと思います」
リタはそう言ってシンプルで可愛らしいダイヤのネックレスを首元に当ててくれた。
「そのネックレスにする! サラとリタがいてくれて本当に良かった!」
「レイラお嬢様は元々お綺麗ですから、何を着ても似合いますよ」
「リタの言う通りですよ」
リタはいつも私を褒めてくれる。サラに似てきた気がする。何度褒められても慣れない。顔が熱い。そんな私をみて2人は小さく笑う。鏡をチラリと見ると、首まで赤くなっていた。
そんなこんなでワイワイ準備をしていると、お迎えが来た様で玄関へと向かった。
「お待たせしてすみません!」
「いいえ、とんでもありません」
今日の王宮でのパーティーにはカストロ辺境伯家のセオドアさんがパートナーを務めてくれる。リズのパートナーをしなくていいのかなと思っていたけど、どうやらリズは本当にそういう社交場が好きじゃないらしく、王命でない限りは参加しないらしい。今もきっとお家で本でも読んでるに違いない。
セオドアさんの腕にそっと手を添えた。
いつもはテオにエスコートしてもらってたからなんだか違和感。それに体格がいいからか、更に男の人だと感じてしまう。そう考えてしまう自分が恥ずかしい。
「レイラの事頼んだよ」
「はい、大切なお嬢様をお預かりいたします」
お父様とセオドアさんは付き合いが長いはずなのに、セオドアさんの対応は少しかたい。それでもそこに親しみを感じるから不思議。
「レイラ、私たちも後から直ぐに行くから、先にパーティーを楽しんでちょうだい」
「うん、分かった。 お父様とお母様がくるの待ってるね」
お父様たちと別れ、私はセオドアさんと王宮に向かった。
馬車の中で視線を感じる気がするけど、チラッと目を向けると視線は直ぐに逃げてしまう。最初は勘違いかと思ったけど、そうではない。
「何かついてますか?」
「あ、いや…その……とてもよく似合っている」
「…………」
陽が傾き始めたからだろうか?それともそうじゃないんだろうか?セオドアさんの頬がほんのり色付いて見える。
いつもなら恥ずかしくて俯いてしまうけど、今回は恥ずかしさよりも口下手なセオドアさんが褒めてくれた事が嬉しかった。
「ふふっ、ありがとうございます。 セオドアさんもとても似合っていて素敵です」
「あ、それは、あり、がとう」
屈強で一見怖そうに見えるけど、心の温かさを伝えてくれる人。リズもそうだから、2人は兄妹なんだなとしみじみ思う。
パーティー会場に入り招待状を渡すと、やはり大きな声で名前を読み上げられる。読み上げる必要ある!?内心恥ずかしがる私をよそにセオドアさんは堂々としている。そのお陰で私も怯むことなく足を踏み出せた。
「レイラ!」
「ジュリア殿下!」
ジュリア様の隣にいるテオとはさっきぶりだ。
「まさかカストロ卿といらっしゃるとは思わなかったわ」
どうやらテオからは何も聞いていなかったみたいだ。
「ジュリア殿下、ご無沙汰しております」
「ご無沙汰しておりますわ。 辺境伯家の皆様は土地柄なかなか王都に来られないでしょうから、今夜は楽しんでいただけたら嬉しいわ。 康寧の聖女様はお変わりないかしら?」
「はい、変わらず元気に過ごしております。 本日は参加できず申し訳ありません」
「ふふっ、いいのよ。 康寧の聖女様のお気持ちも分かるもの。 それでも機会があればお茶会にご出席下さいとお伝えいただける?」
「勿論です」
ジュリア様とテオと少し話をして別れた。
セオドアさんがいろんな方とご挨拶している間は私はただ笑っていた。セオドアさんがあまり喋らない方なので、ダラダラと話をする事がなかったから助かった。
ぱっと見カクテルに見える苺のジュースで喉を潤していると、フロアに音楽が流れ始めた。
「嫌じゃなければなんだが……その……踊らないか?」
その辿々しい誘い方に笑ってしまいそうになった。
セオドアさんの手を取ろうとしてすんでのところで手を止めた。見上げると少し困った顔のセオドアさんと目があった。
「私踊りはあまり得意じゃないんです。 もしかしたら足を踏んでしまうかもしれません。 それでも大丈夫ですか?」
そう言うとセオドアさんはほんの少し広角を上げた。
「気にしなくていい。 レイラ嬢に踏まれたとしても軽過ぎてきっと気付かない。 それにもし無理だと思ったら私の足に乗るといい」
「あははっ、ありがとうございます。 ではもしもの時は頼りにしてますね」
「あぁ、まかせておけ」
セオドアさんの手を取り、ダンスフロアへ足を進めた。その時視界の隅に入った人を見て、ドキッとした。そして何故かホッとした。女性じゃなくてロレンソ様とルシオ様と一緒にいる。そんなアレクサンダー様と目が合った気がしたけど、直ぐに視線が逸らされ何処かへ行ってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
アレクサンダー様に気が入ってしまっていたせいか、思いっきりセオドアさんのつま先を踏んでしまった。
「まるで羽の様だな」
「あはは、そんなに軽くないですよ」
最初はとっつきにくい人かと思ったけど、人見知りが激しく口下手なだけでそんなことなかった。
ダンスを終えると、セオドアさんは私に気を遣ってか一人でまだ挨拶をしていない方々のところへ行ってしまった。休憩室を勧められたけど、せっかくなら庭園を眺めたくてバルコニーに向かった。バルコニーでは音楽に合わせて精霊たちが楽しそうに踊っていた。
バルコニーから眺める景色はもう薄暗く、だけど程よい灯りが美しさを引き立たせている。そして振り返れば眩いほどの灯りに圧倒される。煌びやかだけど落ち着かない。人がたくさんいるけど、多少なりとも怖さを感じる場所。
「はぁーー…………」
思わずため息が溢れ咄嗟に口元を隠した。
こんなにたくさん人がいるのに相談できる人がいない。
ニコラース殿下の事で思わぬ壁にぶち当たった。ローゼンハイム聖下とニコラース殿下を会わせる事は簡単だと思っていた。この前私にしてくれたように、精霊たちにニコラース殿下も見えないようにしてもらえばいいと思っていたから。けど、あれは沢山の精霊が私に力を貸してくれているからで、誰にでもできる事じゃないらしい。神力が強いニコラース殿下はその中でも特に精霊の力を受け入れづらいらしく、無理に等しいと言われた。
どうにかなるかもなんて言っといてこの有様……どうしよう……。
頭を抱えている最中、視線の先の光景を見て胸に痛みが走る。アレクサンダー様と踊る水色のドレスを着た女性。私の覚束ない足取りとは全然違う。軽やかでしなやかで、足元も体の動かし方も美しい。
「お待たせして申し訳ない」
「いいえ、もう大丈夫なんですか?」
「あぁ、良かったらもう一曲どうだろうか?」
迎えにきてくれたセオドアさんの手を取り、騒がしく落ち着かない煌びやかな世界へと戻った。
王族や貴族がいつも以上にパーティーをする時期らしく、私もお父様とお母様と一緒に暫く王都のヴァレリー侯爵家に滞在することとなった。
あれからひと月程過ぎたけど、リタは仕事の覚えが早い上に、社交性もあってお屋敷のみんなと直ぐに打ち解けた。それに思いやりもあって、純粋な人。今回の王都滞在にも勿論ついてきてもらった。
「そのドレスでしたらこちらのネックレスの方がいいと思います」
リタはそう言ってシンプルで可愛らしいダイヤのネックレスを首元に当ててくれた。
「そのネックレスにする! サラとリタがいてくれて本当に良かった!」
「レイラお嬢様は元々お綺麗ですから、何を着ても似合いますよ」
「リタの言う通りですよ」
リタはいつも私を褒めてくれる。サラに似てきた気がする。何度褒められても慣れない。顔が熱い。そんな私をみて2人は小さく笑う。鏡をチラリと見ると、首まで赤くなっていた。
そんなこんなでワイワイ準備をしていると、お迎えが来た様で玄関へと向かった。
「お待たせしてすみません!」
「いいえ、とんでもありません」
今日の王宮でのパーティーにはカストロ辺境伯家のセオドアさんがパートナーを務めてくれる。リズのパートナーをしなくていいのかなと思っていたけど、どうやらリズは本当にそういう社交場が好きじゃないらしく、王命でない限りは参加しないらしい。今もきっとお家で本でも読んでるに違いない。
セオドアさんの腕にそっと手を添えた。
いつもはテオにエスコートしてもらってたからなんだか違和感。それに体格がいいからか、更に男の人だと感じてしまう。そう考えてしまう自分が恥ずかしい。
「レイラの事頼んだよ」
「はい、大切なお嬢様をお預かりいたします」
お父様とセオドアさんは付き合いが長いはずなのに、セオドアさんの対応は少しかたい。それでもそこに親しみを感じるから不思議。
「レイラ、私たちも後から直ぐに行くから、先にパーティーを楽しんでちょうだい」
「うん、分かった。 お父様とお母様がくるの待ってるね」
お父様たちと別れ、私はセオドアさんと王宮に向かった。
馬車の中で視線を感じる気がするけど、チラッと目を向けると視線は直ぐに逃げてしまう。最初は勘違いかと思ったけど、そうではない。
「何かついてますか?」
「あ、いや…その……とてもよく似合っている」
「…………」
陽が傾き始めたからだろうか?それともそうじゃないんだろうか?セオドアさんの頬がほんのり色付いて見える。
いつもなら恥ずかしくて俯いてしまうけど、今回は恥ずかしさよりも口下手なセオドアさんが褒めてくれた事が嬉しかった。
「ふふっ、ありがとうございます。 セオドアさんもとても似合っていて素敵です」
「あ、それは、あり、がとう」
屈強で一見怖そうに見えるけど、心の温かさを伝えてくれる人。リズもそうだから、2人は兄妹なんだなとしみじみ思う。
パーティー会場に入り招待状を渡すと、やはり大きな声で名前を読み上げられる。読み上げる必要ある!?内心恥ずかしがる私をよそにセオドアさんは堂々としている。そのお陰で私も怯むことなく足を踏み出せた。
「レイラ!」
「ジュリア殿下!」
ジュリア様の隣にいるテオとはさっきぶりだ。
「まさかカストロ卿といらっしゃるとは思わなかったわ」
どうやらテオからは何も聞いていなかったみたいだ。
「ジュリア殿下、ご無沙汰しております」
「ご無沙汰しておりますわ。 辺境伯家の皆様は土地柄なかなか王都に来られないでしょうから、今夜は楽しんでいただけたら嬉しいわ。 康寧の聖女様はお変わりないかしら?」
「はい、変わらず元気に過ごしております。 本日は参加できず申し訳ありません」
「ふふっ、いいのよ。 康寧の聖女様のお気持ちも分かるもの。 それでも機会があればお茶会にご出席下さいとお伝えいただける?」
「勿論です」
ジュリア様とテオと少し話をして別れた。
セオドアさんがいろんな方とご挨拶している間は私はただ笑っていた。セオドアさんがあまり喋らない方なので、ダラダラと話をする事がなかったから助かった。
ぱっと見カクテルに見える苺のジュースで喉を潤していると、フロアに音楽が流れ始めた。
「嫌じゃなければなんだが……その……踊らないか?」
その辿々しい誘い方に笑ってしまいそうになった。
セオドアさんの手を取ろうとしてすんでのところで手を止めた。見上げると少し困った顔のセオドアさんと目があった。
「私踊りはあまり得意じゃないんです。 もしかしたら足を踏んでしまうかもしれません。 それでも大丈夫ですか?」
そう言うとセオドアさんはほんの少し広角を上げた。
「気にしなくていい。 レイラ嬢に踏まれたとしても軽過ぎてきっと気付かない。 それにもし無理だと思ったら私の足に乗るといい」
「あははっ、ありがとうございます。 ではもしもの時は頼りにしてますね」
「あぁ、まかせておけ」
セオドアさんの手を取り、ダンスフロアへ足を進めた。その時視界の隅に入った人を見て、ドキッとした。そして何故かホッとした。女性じゃなくてロレンソ様とルシオ様と一緒にいる。そんなアレクサンダー様と目が合った気がしたけど、直ぐに視線が逸らされ何処かへ行ってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
アレクサンダー様に気が入ってしまっていたせいか、思いっきりセオドアさんのつま先を踏んでしまった。
「まるで羽の様だな」
「あはは、そんなに軽くないですよ」
最初はとっつきにくい人かと思ったけど、人見知りが激しく口下手なだけでそんなことなかった。
ダンスを終えると、セオドアさんは私に気を遣ってか一人でまだ挨拶をしていない方々のところへ行ってしまった。休憩室を勧められたけど、せっかくなら庭園を眺めたくてバルコニーに向かった。バルコニーでは音楽に合わせて精霊たちが楽しそうに踊っていた。
バルコニーから眺める景色はもう薄暗く、だけど程よい灯りが美しさを引き立たせている。そして振り返れば眩いほどの灯りに圧倒される。煌びやかだけど落ち着かない。人がたくさんいるけど、多少なりとも怖さを感じる場所。
「はぁーー…………」
思わずため息が溢れ咄嗟に口元を隠した。
こんなにたくさん人がいるのに相談できる人がいない。
ニコラース殿下の事で思わぬ壁にぶち当たった。ローゼンハイム聖下とニコラース殿下を会わせる事は簡単だと思っていた。この前私にしてくれたように、精霊たちにニコラース殿下も見えないようにしてもらえばいいと思っていたから。けど、あれは沢山の精霊が私に力を貸してくれているからで、誰にでもできる事じゃないらしい。神力が強いニコラース殿下はその中でも特に精霊の力を受け入れづらいらしく、無理に等しいと言われた。
どうにかなるかもなんて言っといてこの有様……どうしよう……。
頭を抱えている最中、視線の先の光景を見て胸に痛みが走る。アレクサンダー様と踊る水色のドレスを着た女性。私の覚束ない足取りとは全然違う。軽やかでしなやかで、足元も体の動かし方も美しい。
「お待たせして申し訳ない」
「いいえ、もう大丈夫なんですか?」
「あぁ、良かったらもう一曲どうだろうか?」
迎えにきてくれたセオドアさんの手を取り、騒がしく落ち着かない煌びやかな世界へと戻った。