精霊たちのメサイア

36.魂の記憶

36.魂の記憶



王都のヴァレリー家に滞在していると、いろんな人と交流ができる。

アロイス兄様、エタン兄様、グレゴワール兄様……普段だったら中々会えない兄様達の家族にも会えた。エタン兄様とグレゴワール兄様には子供が一人いる。
グレゴワール兄様の奥さんのジゼルさんのお腹の中には新しい命が宿ってる。少し膨らんだお腹を触らせてもらった。妊婦さんのお腹に触れるのは初めてで、ドキドキしたし不思議な感じがした。偶然グレゴワール兄様がお腹の赤ちゃんに歌をうたってあげてるところを見かけた時、懐かしさを感じた。知らないはずの歌なのに、知っているようなそんな感覚に襲われた。

エタン兄様は話をするととても難しい話をする。ずっとそう思っていたけど、言葉の選び方が難しいだけで、内容は私にも理解できるものばかりだと気付いた。そんなエタン兄様の一人息子のユスもまだ14歳だと言うのに難しい言葉を使う。そんな2人を見ながら奥さんのイレーヌさんは『そっくりでしょう』と穏やかに、そして愛おしそうな微笑みを浮かべていた。


「考え事か?」

「え? あー、うん……」


精霊の森で歌を歌ったあと、いつものように精霊達とお菓子を食べながらボーッとしてしまっていた様だ。今はこの場所がどこよりも落ち着く。そして定位置の様に私の隣に座るアルファの存在にも安心する。


「最近ね、ヴァレリー家のみんなといると懐かしい気持ちになるっていうか……胸が温かくなるっていうか……とにかくなんて説明すればいいのか分からないんだけど、知らない自分を感じる気がする」

「記憶が戻りつつあるのだろう」

「記憶? なんの?」

「魂のだ」

「魂って……記憶は脳でするものでしょ?」

「人間はそう考えるが、精霊や世界の考え方は違う。 行った事もない場所や知らない人に会ったはずが知っている様な気がする。 そう感じるのは勘違いではなく本当にそうだからだ」

「忘れてるって事?」

「忘れている……とは少し違うな。 魂の記憶が薄れているだけだ。 輪廻転生した魂は過去の事を忘れはしない。 命は生まれ変わるたびに魂に記憶、そして心を刻んでいく。 生まれ変わる時に過去の記憶は薄れるが、時折ふとした瞬間に思い出す。 それを人間は既視感(きしかん)と呼ぶ。 ごく稀に前世の記憶を丸ごと覚えている事もあるがな」


それなら私は昔もヴァレリー家にいたって事?それとも兄様達の身近にいた人で亡くなって転生したって事?だから懐かしく感じる?

首を傾げているともの凄く視線を感じて、目線をチラッと上に向けた。アルファの顔は綺麗すぎて真顔でも凄まじい破壊力だ。


「な、何? 私の顔に何かついてる?」

「いいや、少しずつこちらの世界に馴染んでいっている様で安心した」


その後もピアノは弾かず、歌を口ずさんでは精霊たちも一緒に歌ってくれた。私の歌も聴き慣れたようで、近頃は一緒に歌ってくれるから嬉しい。


「ラウ? どうしたの? 眠いの?」


私の膝の上で小さくコクリと頷く中位精霊のラウとは侯爵領の邸で出会った。温室の隅っこで小さく蹲って私の歌を聴いていた。名前を聞いても首を傾げるばかりで分からなかったので、『ラウって呼んでもいい?』って聞くと、笑って頷いてくれたのでラウと呼んでいる。最初は少し近づくだけでも逃げられていたけど、今ではこうして膝の上に乗ってくれる様になった。


「ラウとは契約するのか」

「え? 私も精霊と契約って出来るの?」

「勿論だ」


てっきり私は立場的に精霊と契約はできないものだと思っていた。


「この子の傷が癒えたら考える」

「そうか」


ラウは他の精霊とは少し違う。精霊はみんな透き通る様な肌をしていて、光をキラキラと反射させながら動く羽根もとても美しい。けどラウの肌は浅黒く、羽根は小さく飛ぶ事もできない。精霊の力で何とかふわふわ浮くくらいで精一杯だ。身体も他の中位精霊よりも小さい。そんなラウは精霊たちに爪弾きにされていた。私とはこうしてくっついて話をしてくれるけど、精霊達が近づくと俯いて泣きそうな顔になる。

ラウを抱き上げて背中をポンポンと優しく叩いていると寝息が聞こえてきた。コテンっと頭を肩にのせ、無防備な状態になっているラウが可愛くてしょうがない。

力の弱い精霊は睡眠を取る。上位精霊になればほとんど睡眠は取らないらしい。




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