精霊たちのメサイア
37.心の弱さ
37.心の弱さ
焦っていた。
どうすればニコラース殿下とお話ができるのか、相変わらずいい策が思いつかない。
それにしても……ここ最近お家の中の空気が重い気がする……。
いつもジュリオが楽しそうに話をして、注意しながらも楽しそうに話に付き合うマリエルさん、テオはそんな2人のやりとりを面白そうに見ている。そして優しい顔をしてみんなを見守るアロイス兄様。そんな見慣れた光景が今は見慣れないほど静かで、飲み込む時の喉の音が気になる程だ。この場にお父様とお母様がいてくれたらもう少し違っただろうか?
お父様とお母様は侯爵領へ帰ってしまった。一緒に帰る予定だったけど、私は問題解決できてない為、色々と理由をこじつけて残らせてもらった。
食事を終えたテオが席を立った。
「期限はひと月だ。 わかっているな?」
「…………」
アロイス兄様の言葉に一瞬立ち止まったテオだけど、顔を向ける事も返事をする事もなく出ていってしまった。
鼻を啜る音がして顔を向けると、ジュリオが泣いていた。
「ジュリオ! お菓子を持ってお庭を散歩しましょう! ね?」
コクリと頷いたジュリオの手を引き、私は部屋を後にした。アロイス兄様とテオってば、親子喧嘩でもしてるの?まだ小さいジュリオを怖がらせるなんて……。
手を繋いだまま散歩をしていると、ジュリオはポツポツと話し始めた。
「テオ兄様…ずっと忙しそうなの……」
「テオが忙しそうにしてるのはいつものことでしょう?」
「違うの…いつもはね、忙しくしてても会いにいくと一緒にお茶を飲んだり、お菓子食べたりしてくれるの。 でもこの前忙しいからって……怒られた」
「テオが? 怒ったの?」
テオは誰が見ても分かるくらいジュリオの事を可愛がってる。ジュリオに対してだけじゃなく、屋敷の人に声を荒げてるところだって見たことない。
「でもすぐごめんって謝ってくれたんだ。 でもね……僕より泣きそうな顔してた。 テオ兄様の方が心が痛いって言ってるみたいだった。 早くいつものテオ兄様に戻って欲しい」
「ジュリオ……」
事情も知らない私が安易に「大丈夫だよ、すぐ元通りになるよ」とは言ってあげられなかった。
散歩の帰り道、私は部屋に戻る前に執務室に寄った。
「アロイス兄様、少しいい?」
「ああ、かけてくれ」
向かい合う様にソファーに腰掛けたアロイス兄様の顔がいつもより疲れている様に見えた。
「あの……もし差し支えなければ何が原因でテオと険悪になってるか教えてほしいの」
「そうだな……レイラも家族だ。 知る権利がある。 他人の口から聞く前に話をしておこう。 もうすぐテオドールとジュリア殿下の婚約が解消されるだろう」
「え!? どうして!?」
最後に2人を見た時はあんなに仲睦まじかった。それなのに婚約解消って……なんで?
「王宮での舞踏会の次の日、ジュリア殿下はピクニックに出かけられたんだが、出かけ先で魔物に襲われてしまってね。 その時に片目と片腕を失ってしまった」
「え……そんな……でも、生きてるんだよね? それなのに怪我が原因で婚約解消なんて……そんな事って……」
「レイラ、貴族はね、男主人だけでは成り立たない。 女主人にもやる事は山ほどある。 社交場に顔を出すのもそのうちの一つだ。 ただでさえ誰にでも務まる仕事ではないのに、そんな状態のジュリア殿下には荷が重い事だ」
「でも! テオとジュリア殿下はあんなに想いあって__」
「父親として、テオドールとジュリア殿下との結婚は認めたい気持ちはある。 だがそれでも、私はヴァレリー侯爵家当主として考えなければならない。 この家が力を失い、露頭に迷うものを出すなどあってはならない」
「じゃあ、ひと月って……」
「テオドールはどうにかジュリア殿下を治す方法を見つけると言った。 その方法を見つける期限をひと月設けた。 だが見つからなければ解消する」
「治癒魔法は!?」
もしどうにかできるなら私の治癒魔法で治せるかもしれない!
「治癒魔法も万能ではない。 怪我は治せても、失ったものまでは取り戻せない。 失った身体を元に戻した事例は殆どない。 あったとしてもそれは御伽噺の様なもので、現実味の無い話ばかりだ」
涙が止まらない。
私は自分の事ばかりで家族のことなにも見てなかった。こんな大変なことになってるなんて……テオが忙しくしてるのだっていつものことだと思ってた。
「レイラ……お前もジュリア殿下とは仲良くしていたから辛いだろう。 テオドールが婚約を解消したとしても、レイラが望むならジュリア殿下と交友関係を続けても問題はない。 だからジュリア殿下の心の助けになるのなら、今までと変わらず会いに行ってほしい」
頷く事が精一杯だった。
涙を拭って部屋に戻った。サラもリタも心配そうな顔をしてたけど、「大丈夫」と笑う事すらできなかった。それどころか1人になりたくて、外してもらった。
椅子に座って太ももあたりの異物感にハッとした。ポケットに手を入れ異物感の正体を取り出した。
「世界樹の、涙……」
これをもらった時の記憶が蘇る。
「死者を蘇らせる事以外はできる……」
これを使えば……でも……これを使ったらもうメサイアだという事を隠せなくなる。王族であるジュリア様の身体が元に戻れば、王族だけじゃなく貴族の人たちにもどこでこれを手に入れたのか追及される。注目されるような事になったら、またあの嫌な世界に逆戻りになる。そんなの嫌……。
胸が苦しくなる。瓶を持つ手が震える。怖い。
小さな頃家族と共に訪れた教会。そこで目にした聖歌隊。最初はほんの興味心で参加した。そこから運がいいのか悪いのかメディアに取り上げられ、母の言うがまま、なすがままに歌をうたった。天使の歌声などともてはやされ、私のためだけに作られた母の料理や気遣い。仕事で学校にあまり通えない私のためにつけてくれた家庭教師、語学の先生、ボイストレーニングの先生、ピアノの先生、ヴァイオリンの先生……どれも私のためじゃないって気付くのに時間がかかった。おばあちゃんに会いたいっていうささやかなお願いでさえ母は聞いてはくれなかった。そんな時間があるなら仕事をしろと言う母。学校に行くフリをしてこっそりおばあちゃんに会いに行った。私の居場所は家族の元でもスポットライトの下でもなく、おばあちゃんのいる場所だけだった。私が仕事をすればするほど母は変わっていった。母だけじゃない。父も……そして姉たちも変わってしまった。
メサイアだと分かればみんなの目が変わるかもしれない……また道具の様に扱われるかもしれない……そんなのッッ_耐えられない__ッッ。
_コンコンコン。
「レイラー! ジュリオだよ! 入ってもいい?」
ジュリオ?
「いないのー??」
慌てて世界樹の涙をポケットに入れて、乱暴に涙を拭った。
「ど、どうしたの?」
ドアを開けると、そこにはお花を持ったジュリオがたっていた。視線を合わせるとジュリオの顔が心配そうな表情に変わった。
「レイラも泣いたの?」
「あー……えっと、本を読んでて感動しちゃったの。 だから心配しないで」
「そっか、それならいいんだ。 レイラが悲しいと僕嫌だよ」
涙腺が弱くなってるせい、その言葉にまた泣いてしまいそうになる。
「そうだ、これ!」
小さな手に持っている、小さな花束を差し出された。
「私にくれるの?」
「うん! 大好きなレイラにあげたくなったんだ! だからお庭のお花摘んできたの! あ! ちゃんと摘んでもいいか聞いたよ!」
「ありがとう」
花束を受け取ると、ジュリオは笑顔で戻っていった。
ドアを閉めて体の力が抜ける様にその場に座り込んだ。ジュリオの笑顔を見て、この世界で出会ってきたたくさんの人の笑顔がどんどん浮かんでくる。
お父様、お母様、お兄様達、テオ、サラ、リタ……家族だけじゃない、初めて会った時のジュリア様の笑顔……今でも忘れない。
頭に何か触れた気がして顔を上げると、ラウが背伸びをしながら私の頭を撫でてくれていた。ラウを抱きしめると涙がもう止まらなかった。
焦っていた。
どうすればニコラース殿下とお話ができるのか、相変わらずいい策が思いつかない。
それにしても……ここ最近お家の中の空気が重い気がする……。
いつもジュリオが楽しそうに話をして、注意しながらも楽しそうに話に付き合うマリエルさん、テオはそんな2人のやりとりを面白そうに見ている。そして優しい顔をしてみんなを見守るアロイス兄様。そんな見慣れた光景が今は見慣れないほど静かで、飲み込む時の喉の音が気になる程だ。この場にお父様とお母様がいてくれたらもう少し違っただろうか?
お父様とお母様は侯爵領へ帰ってしまった。一緒に帰る予定だったけど、私は問題解決できてない為、色々と理由をこじつけて残らせてもらった。
食事を終えたテオが席を立った。
「期限はひと月だ。 わかっているな?」
「…………」
アロイス兄様の言葉に一瞬立ち止まったテオだけど、顔を向ける事も返事をする事もなく出ていってしまった。
鼻を啜る音がして顔を向けると、ジュリオが泣いていた。
「ジュリオ! お菓子を持ってお庭を散歩しましょう! ね?」
コクリと頷いたジュリオの手を引き、私は部屋を後にした。アロイス兄様とテオってば、親子喧嘩でもしてるの?まだ小さいジュリオを怖がらせるなんて……。
手を繋いだまま散歩をしていると、ジュリオはポツポツと話し始めた。
「テオ兄様…ずっと忙しそうなの……」
「テオが忙しそうにしてるのはいつものことでしょう?」
「違うの…いつもはね、忙しくしてても会いにいくと一緒にお茶を飲んだり、お菓子食べたりしてくれるの。 でもこの前忙しいからって……怒られた」
「テオが? 怒ったの?」
テオは誰が見ても分かるくらいジュリオの事を可愛がってる。ジュリオに対してだけじゃなく、屋敷の人に声を荒げてるところだって見たことない。
「でもすぐごめんって謝ってくれたんだ。 でもね……僕より泣きそうな顔してた。 テオ兄様の方が心が痛いって言ってるみたいだった。 早くいつものテオ兄様に戻って欲しい」
「ジュリオ……」
事情も知らない私が安易に「大丈夫だよ、すぐ元通りになるよ」とは言ってあげられなかった。
散歩の帰り道、私は部屋に戻る前に執務室に寄った。
「アロイス兄様、少しいい?」
「ああ、かけてくれ」
向かい合う様にソファーに腰掛けたアロイス兄様の顔がいつもより疲れている様に見えた。
「あの……もし差し支えなければ何が原因でテオと険悪になってるか教えてほしいの」
「そうだな……レイラも家族だ。 知る権利がある。 他人の口から聞く前に話をしておこう。 もうすぐテオドールとジュリア殿下の婚約が解消されるだろう」
「え!? どうして!?」
最後に2人を見た時はあんなに仲睦まじかった。それなのに婚約解消って……なんで?
「王宮での舞踏会の次の日、ジュリア殿下はピクニックに出かけられたんだが、出かけ先で魔物に襲われてしまってね。 その時に片目と片腕を失ってしまった」
「え……そんな……でも、生きてるんだよね? それなのに怪我が原因で婚約解消なんて……そんな事って……」
「レイラ、貴族はね、男主人だけでは成り立たない。 女主人にもやる事は山ほどある。 社交場に顔を出すのもそのうちの一つだ。 ただでさえ誰にでも務まる仕事ではないのに、そんな状態のジュリア殿下には荷が重い事だ」
「でも! テオとジュリア殿下はあんなに想いあって__」
「父親として、テオドールとジュリア殿下との結婚は認めたい気持ちはある。 だがそれでも、私はヴァレリー侯爵家当主として考えなければならない。 この家が力を失い、露頭に迷うものを出すなどあってはならない」
「じゃあ、ひと月って……」
「テオドールはどうにかジュリア殿下を治す方法を見つけると言った。 その方法を見つける期限をひと月設けた。 だが見つからなければ解消する」
「治癒魔法は!?」
もしどうにかできるなら私の治癒魔法で治せるかもしれない!
「治癒魔法も万能ではない。 怪我は治せても、失ったものまでは取り戻せない。 失った身体を元に戻した事例は殆どない。 あったとしてもそれは御伽噺の様なもので、現実味の無い話ばかりだ」
涙が止まらない。
私は自分の事ばかりで家族のことなにも見てなかった。こんな大変なことになってるなんて……テオが忙しくしてるのだっていつものことだと思ってた。
「レイラ……お前もジュリア殿下とは仲良くしていたから辛いだろう。 テオドールが婚約を解消したとしても、レイラが望むならジュリア殿下と交友関係を続けても問題はない。 だからジュリア殿下の心の助けになるのなら、今までと変わらず会いに行ってほしい」
頷く事が精一杯だった。
涙を拭って部屋に戻った。サラもリタも心配そうな顔をしてたけど、「大丈夫」と笑う事すらできなかった。それどころか1人になりたくて、外してもらった。
椅子に座って太ももあたりの異物感にハッとした。ポケットに手を入れ異物感の正体を取り出した。
「世界樹の、涙……」
これをもらった時の記憶が蘇る。
「死者を蘇らせる事以外はできる……」
これを使えば……でも……これを使ったらもうメサイアだという事を隠せなくなる。王族であるジュリア様の身体が元に戻れば、王族だけじゃなく貴族の人たちにもどこでこれを手に入れたのか追及される。注目されるような事になったら、またあの嫌な世界に逆戻りになる。そんなの嫌……。
胸が苦しくなる。瓶を持つ手が震える。怖い。
小さな頃家族と共に訪れた教会。そこで目にした聖歌隊。最初はほんの興味心で参加した。そこから運がいいのか悪いのかメディアに取り上げられ、母の言うがまま、なすがままに歌をうたった。天使の歌声などともてはやされ、私のためだけに作られた母の料理や気遣い。仕事で学校にあまり通えない私のためにつけてくれた家庭教師、語学の先生、ボイストレーニングの先生、ピアノの先生、ヴァイオリンの先生……どれも私のためじゃないって気付くのに時間がかかった。おばあちゃんに会いたいっていうささやかなお願いでさえ母は聞いてはくれなかった。そんな時間があるなら仕事をしろと言う母。学校に行くフリをしてこっそりおばあちゃんに会いに行った。私の居場所は家族の元でもスポットライトの下でもなく、おばあちゃんのいる場所だけだった。私が仕事をすればするほど母は変わっていった。母だけじゃない。父も……そして姉たちも変わってしまった。
メサイアだと分かればみんなの目が変わるかもしれない……また道具の様に扱われるかもしれない……そんなのッッ_耐えられない__ッッ。
_コンコンコン。
「レイラー! ジュリオだよ! 入ってもいい?」
ジュリオ?
「いないのー??」
慌てて世界樹の涙をポケットに入れて、乱暴に涙を拭った。
「ど、どうしたの?」
ドアを開けると、そこにはお花を持ったジュリオがたっていた。視線を合わせるとジュリオの顔が心配そうな表情に変わった。
「レイラも泣いたの?」
「あー……えっと、本を読んでて感動しちゃったの。 だから心配しないで」
「そっか、それならいいんだ。 レイラが悲しいと僕嫌だよ」
涙腺が弱くなってるせい、その言葉にまた泣いてしまいそうになる。
「そうだ、これ!」
小さな手に持っている、小さな花束を差し出された。
「私にくれるの?」
「うん! 大好きなレイラにあげたくなったんだ! だからお庭のお花摘んできたの! あ! ちゃんと摘んでもいいか聞いたよ!」
「ありがとう」
花束を受け取ると、ジュリオは笑顔で戻っていった。
ドアを閉めて体の力が抜ける様にその場に座り込んだ。ジュリオの笑顔を見て、この世界で出会ってきたたくさんの人の笑顔がどんどん浮かんでくる。
お父様、お母様、お兄様達、テオ、サラ、リタ……家族だけじゃない、初めて会った時のジュリア様の笑顔……今でも忘れない。
頭に何か触れた気がして顔を上げると、ラウが背伸びをしながら私の頭を撫でてくれていた。ラウを抱きしめると涙がもう止まらなかった。