精霊たちのメサイア

39.知らぬ間の愛情

39.知らぬ間の愛情



1人になりたいと言って、リタとサラは温室の外に出てくれた。

今日、とうとう話をする。一体何から話せばいいのか、どこまで話せばいいのか正直まだ頭の中がまとまっていない。

不安な気持ちを落ち着かせる様に、膝の上で眠るラウの頭をそっと何度も撫でながら心を落ち着かせようとしている。そんな不安なきもちも、温室のお花やみんなで戯れる精霊たちの姿で少し紛れている気もする。


「後悔しているのか?」


突然現れたアルファは地面に膝を突き、私の手を握ると顔を覗き込んできた。


「後悔はしてないよ……ジュリア様が元気になって、テオやトゥーサン殿下も…みんな元気になって良かったなって思う。 でもね、それでも怖い気持ちは拭えない」

「何をそんなに恐れている」

「……頭では分かってるの。 日本の家族とヴァレリー家のみんなが違うって事。 でも…心のどこかで信じられてない自分がいる。 そんな自分にも腹が立つし、情けなくなる」


私が涙を流すとアルファはそっと拭ってくれた。


「アルファ?」


どこかに視線をむけるアルファに声をかけ、その視線を追いかけようとしたらほっぺをムニッとつままれた。


「な、なに!?」

「レイラ、お前が思っている様な事には絶対にならない」

「絶対なんてこの世にはないんだよ」

「生意気な事を言う様になったな」


そう言うとまた私のほっぺをギュッと握った。私はその手を取ってアルファの顔を見上げた。


「もしもここに居られなくなったら、森に連れて行ってくれる?」


アルファは盛大にため息をついて腰をかがめた。


「レイラ、精霊たちはお前の誕生を心待ちにしていた。 だが、きっとそれ以上にお前の誕生を待ち侘びていたいたのはこのヴァレリー家の者たちだろう。 産まれて産声をあげなかったレイラをずっと抱きしめ泣き崩れたクラリスは正直見ていられないほどだった。 前に言っていたな、既視感を感じる様だと。 あれはきっとクラリス・ヴァレリーのお腹の中にいた時の事を魂が覚えているからだろう」

「お腹の中……?」

「そうだ。 お前に歌を聴かせていたのは誰だと思う?」


そう言われて一番に浮かんだお兄様の顔。


「多分グレゴワール兄様」

「そうだ。 最初の方は酷いものだったぞ。 お腹が膨らむにつれ、段々と歌になっていった。 今でもお腹の子に歌を聴かせてやれるのはレイラのおかげだろう」


その話を聞いて、さらに鮮明に蘇る記憶。知らないと思っていた記憶の歌が頭の中に流れ込んでくる。そして徐々に色んな記憶も蘇ってくる。


「他にはないのか?」

「いつも難しい話を聞かせてくれてたのはきっとエタン兄様。 でもその話は今なら分かる。 侯爵領の町並みの話をしてくれてたんだわ。 大きな広間には生命の神、ベアトリス様をイメージして造られた噴水があって、後ろ向きでコインを投げ入れると願いが叶うと言われてる。 エタン兄様はそこに行くたびに『元気に産まれてきますように』ってお願い事をしてくれてた。 産まれたら皆んなで侯爵領の精霊の丘に行こうって……っ」


話をしながら涙が止まらなかった。涙だけじゃない。記憶を確認する様に口も止まろうとしなかった。


「何があっても絶対に守るって言ってくれてたのはアロイス兄様。 そっか、だから……だから、アロイス兄様にはつい我が儘を言ってしまうのね。 怒られるかもしれないって思いながらもつい頼っちゃうの」


つい可笑しくて涙は止まらないくせに笑ってしまった。


「他にはどんな声を聞いた?」

「『おはよう』と『おやすみ』の言葉と一緒に『愛しているよ』って言ってくれていたのはお父様。最初からあまり怖いと感じなかった…お父様の愛情を忘れてなかったのね……。 それから…お花の話をしてくれてたのはお母様。女の子だったらレイラにしたいって……レイラは色んなお花に使われていて、色んな花言葉があるって……っ」


記憶が甦れば蘇るほど、どうして私はこの世界にそのまま産まれる事ができなかったんだろうって悔しい気持ちになる。


「そうだ、お前の魂は間違いなくこの家のものだ」

「だけど!! 私の血は穢れてる__ッ!!! あの人達の穢れた血が流れてる!!!!」


忘れたい記憶が頭にこびりつく。そしていつかの日に深紅の聖女に言われた言葉が蘇る。

目をギュッと瞑り頭を抱えた時、誰かに抱きしめられた。


「お、母様……っ」


いつの間にかアルファとラウの姿が消えていて、温室には私を抱きしめ涙を流すお母様。それにお父様やお兄様達がいた。




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