精霊たちのメサイア

46.違和感の理由

46.違和感の理由


次の日にリタを教会に連れて行きたかったけど連れて行けなかった。連れて行けなかったというよりは、リタが行きたがらなかった。外に出ることを酷く嫌がった。何かに怯えているような……そんな雰囲気だった。


「レイラお嬢様?」

「ちょっとリタに会いに行ってくる!」

「もう間も無くニコラース殿下がお見えになりますよ!?」

「すぐ戻るわ!」


慌てるサラに謝ってリタの部屋へと向かった。

昼間はみんなお仕事で出ているから、使用人の住まいに使っている屋敷の離れはとても静まり返っている。だから私が歩いていても気に留める人は1人もいない。

部屋の扉をノックすると、静かで控えめな声が返ってきた。

ベッドに横になっていたリタは私の顔を見るなり驚いて起きあがろうとしたけど、慌てて止めた。元々スラッとしていたリタはもっと痩せて、頬もげっそりしている。

ベッド脇に座ってリタの手をそっと握った。その手はピクリと動き、少し気まずさを感じる。


「リタ……今日やっぱり教会に行きましょう」


フルフルと首を振られた。

今にも血が出てしまいそうなほど下唇をギュッと噛み、目を潤ませる。


「教会に行きたくないなら、これからどうしたい?」

「…お元気でしょうか……」

「?」


突然なんの話しか分からず戸惑った。

少しの沈黙の後、リタから出た言葉に一瞬混乱した。


「……え? アンブリス子爵夫妻? えっと……確か深紅の聖女様のご両親よね?」

「そう、です……お二人はお元気でいらっしゃるんでしょうか……」


ますます混乱する。

このタイミングでどうして深紅の聖女様のご両親の話に?

パーティーでご挨拶をしたことはあるけど、その時は特に身体に問題があるように見えなかったけど……それにお二人はあの深紅の聖女様のご両親とは思えないほど穏やかで優しそうな方々だった。


「私もちゃんとはお話しした事はな……」

「レイラお嬢様!!」

「は、はい!!」


話の途中でドア越しに大きな声で呼ばれて咄嗟に大きな声で返事をしてしまった。

「入りますよ!」と言ってドアを開けたサラの顔は笑っていたけど頭からはツノが見えるようだった。


「お急ぎください! ニコラース殿下がお見えになりましたよ!」

「え!? うそ!? ごめん! リタ! 話しはまた後でしましょう!!」


サラに急かされ小走りでニコラース殿下の元へ向かった。息を切らして部屋に入るとニコラース殿下はおかしそうに小さく声を漏らして笑った。

他愛のない話しをして、場が和んだ頃合いでサラには部屋を出て行ってもらった。ただ年頃の男女が、しかも婚約者のいる男性と2人きりで部屋にいるのはまずいらしく、ドアは少し開いている。


「結界を張ったから、外の音は聞こえるけど、こちらの声は部屋から漏れないよ」


一呼吸して、口を開いた。


「ローゼンハイム聖下にお会いした時にニコラース殿下の言葉をお伝えしました。 私がお二人の橋渡し役になれればと思ってます」

「そうか、ありがとう。 貴女がメサイアで良かった。 王族はメサイアと良好な関係を築いていないといけないから、こうして会いに来てもきっと誰も疑わないだろうからね」


王族からしたらメサイアが他国に行ってしまったら困る、って事よね。


「何をお伝えすればいいですか?」

「深紅の聖女に会っていただきたいと伝えてほしい。 会った時、ローゼンハイム聖下がどのように感じたのかが知りたいんだ」


なぜ?とは思ったけど、理由は私が聞いたところで……だろうと思い、ただ素直に「分かりました」と言葉を返した。


「あの、ニコラース殿下は深紅の聖女様とは婚約関係にあるのですよね?」

「あぁ、そうだよ」

「深紅の聖女様のご両親はお元気でいらっしゃいますか?」


私の質問に今度はニコラース殿下の方が何故?と言いたげな顔をした。

そうだよね、そういう反応になるよね。


「突然すみません……私の侍女のリタが何故か気にしているようでして……」

「リタ……確か先日倒れた侍女だよね? 彼女は大丈夫?」

「実はまだ療養中でして。 でも命に関わるような病ではないようなので大丈夫です。 ご心配いただきありがとうございます」

「そう、それならよかった。 アンブリス子爵夫妻だけど、元気といえば元気かな」

「それは__」


_コンコンコン

ドアのノックの音に邪魔をされた。

返事をするけど、相手からの反応がない。首を傾げていると、相手からの声がけもなく遠慮がちにドアが開いた。


「リ、リタ!? え!? そ、そんな格好でどうしたの!?」


部屋着のまま現れたリタの肩に慌ててブランケットをかけた。


「突然、申し訳ありません。 ふ、不敬である事は重々承知、しております。 ですが、どうかお話を…させて、下さい。 お願いします__ッッ」


両膝をつき、たどたどしく震える声。次から次へとこぼれ落ちる涙。


「話しがあるのは私にだろうか」


どうしたものかと慌てていると、ニコラース殿下の落ち着きはらった声が降ってきた。


「ッッ_はい」

「その前に一つ教えてほしい。 何故、君がアンブリス子爵夫妻の事を気にするのか」


俯いていたリタはゆっくり顔を上げると、涙で濡れた顔のまま微笑んだ。その微笑みはとても慈愛に満ちていた。


「大切な両親ですもの。 気にならないはずがありませんわ」


部屋の中が静まり返った。

リタの言ってる意味が分からない。チラッとニコラース殿下の顔を見たけど、片手をおでこに当て顔を伏せているから表情が見えない。


「アンブリス子爵夫妻にはマリアンネ以外子供はいない。 養子をとったとも聞いていないが?」


変わらず顔は見えないし、声色からも感情が読み取れない。流石王族……。怒ってる?呆れてる?困惑してる?一体どれ!?


「後継者がおりませんから、遠い親戚から養子を迎えると仰っていたのに、まだ何も手続きされていないのですね」

「では……リタ、君は自分がマリアンネだとでもいうつもりか?」

「はい、そうです」

「証拠は__」

「その指輪です。 その指輪がどういうものなのかお話し下さいましたよね。 それから、婚約した日に2人で薔薇園を歩きながら誰にも聞かれないようにそっと耳元で……っ、『必ず幸せにするよ』と……だから私はこう返しました。『__」

「『一緒に幸せな家庭を築きましょう』」


2人の視線が絡み合い、ニコラース殿下の目から静かに雫が流れ落ちる。




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