ロミオの嘘とジュリエットの涙
 思えば、リビングにある家族写真は一番古いものでも四人揃ったものしかなかった。あの透よりも小さい頃の彼とお父さん、お母さんの三人の写真はおろか、透が生まれたときの写真さえ見たことがない。

 混乱する私に詳しい事情は改めて話すから、と母は濁した。けれどまぎれもない事実らしい。夢にまで見た状況なのに、私は素直に喜べなかった。

 母が続けたもうひとつの事実にショックが隠せなかったから。

「お母さんが『透は知っているはずだ』って」

 私は目の前の透に詰め寄る。

「ねぇ、どういうことなの? 本当なの?」

 なんで兄妹じゃないって知っていたのなら教えてくれなかったの? だとしたら、この心中はなんの意味があるの?

 もしかして透は……。

「復讐だったんだ」

 今まで聞いたことがないような底冷えする声色に私は息を呑む。

「父さんに裏切られて、ひとりで死んでいった母さんのね」

 笑みなど一切消えた冷ややかな表情。今まで一緒にいて、こんな透は見たことがない。知らない人みたい。

「幼い頃、両親が離婚して俺は母に引き取られたんだけれど、曖昧な記憶の中、母さんはいつも父さんに対する恨み言を呟いていた」

 固まっている私をよそに透は軽く鼻を鳴らし、淡々と説明していく。

「そしてある出来事をきっかけに母は毒を飲んで自殺したんだ」

 自殺と聞いて、私の背中に嫌なものが這っていく。

「まさか……」

「そう、結のお母さんとの結婚を知ってだよ」

 頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。

「あの頃の母は荒れていて、俺はとにかく母の機嫌が戻るのをおとなしく待っていた。そんなとき母に『お母さんとずっと一緒にいたい?』って尋ねられて、怖くて頷いたのだけははっきり覚えている」

『なぁ、結。俺とずっと一緒にいたいか?』

 透に言われた言葉だ。どうして彼が私と心中を持ちかけてきたのか、ようやく理解する。透は私の手に持っているコップに視線を向けた。
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