ロミオの嘘とジュリエットの涙
 私はこの四月から県外の大学に進学する予定だ。透は地元の大学を卒業し、県内にあるメガバンクの支店に就職が決まっているが、配属先からして実家を出るのはほぼ確実だった。

 生まれたときから一緒だった透と離れ離れになる。

「結」

 名前を呼ばれたが顔が見られない。

「結」

 次は顎に手をかけられ強引に上を向かされる。透は困ったような笑顔を浮かべた。

「そんな顔をするな。美人が台無しだろ」

 ふたりきりのときには透は底なしに甘い。自分で言うのもなんだけれど私は母に似て顔が整っている方だと思う。二重瞼のくりっとした瞳は友達からもいつも羨ましがられる。

 反対に透は父によく似ている。切れ長の瞳に、すっと伸びた鼻筋。薄く形のいい唇は笑うと綺麗に弧を描く。

 中学から陸上部に所属していてをしていて、短めの黒髪ヘアが透の変わらないスタイルだ。下手に染めたり髪を整えたりしなくても透は十分に魅力的でしっくりくる。

 絵に描いたような好青年で、きっと銀行員としても卒なくやっていったんだろうな。

「なら、もっとキスして」

 彼を自分のものだと実感したくて、上目遣いに口づけをせがむと透は困惑気味に笑った。

「これ以上はまずい」

 それはどういう意味で?

 問いかけようとすると腰に腕を回され、もう片方の手で頭を撫でられる。

 わかっている。こんな関係不毛だ。お互いにどんなに想いあっていても両親を、世間を裏切って一緒になることはできない。

 この関係が明るみになったら有無を言わさず透と引き離される。下手をすれば二度と会えなくなるかも……それだけは嫌だ。

「私、透とずっと一緒にいたい」

 透にというより、この場にはいない誰かに宣誓したい気持ちで告げた。彼は私の言葉の裏側まで悟ったらしい。

「本当にいいのか?」

 わずかに眉をひそめ、透の声が低くなった。

「……うん。私、ずっと透と一緒にいたい」

 誰にも邪魔されないところへ行かないと。そんな場所はこの世界には存在しない。それなら――

「一緒に死のう」

 透といられないなら、この世に未練なんてない。私を抱きしめる力がさらに強められた。
静寂が耳につく。お互いの心臓の音しか聞こえなかった。
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