ステレオタイプの恋じゃないけれど
修正し終えた資料を上司に再提出すれは、にっこりと笑ってありがとうを言われたものだから、何だか、いたたまれなかった。
「玄」
「っゆ、う、しん、」
「びびりすぎ」
「いや、びっくりすンだろ、普通に。居ると思わねぇじゃん」
午後、五時半。「時間も時間だからもう上がっていいよ」という上司の言葉に甘えて、いたたまれなさから逃げるように会社をあとにして、小腹が空いたからと買い食いのために寄ったファストフード店。
よもやそこで、嫌いになったわけじゃないけれどしばらくは会いたくないなと思っていた人物が真横に座ってくるなんて、誰が予想できただろうか。既視感が半端ない。
「いや、つうかよ、凪沙のとこ辞めるなら辞めるって言えよ。携帯も通じねぇから連絡できねぇし。たまたま外から見えたから捕まえねぇと! って走ってきたんだぞ、俺」
「あ、いや、それは、ごめん、」
ナギサちゃんは、家や就職先が決まるまで居てもいいと言ってくれたけど、俺にはそんなの無理だったから、辞職を申し出た翌日の昼にはもう彼女の家を出た。電源を落とした携帯と【厚かましいですが登山道具だけ頂きます。お世話になりました】という置き手紙を添えて。
とはいえ、無職の人間が家を借りられるわけもなく、住所不定のやつが就職なんてできるわけもない。だから、何年かぶりに実家へ帰り、両親に頭を下げた。
登山用のリュックを背負って、突然帰ってきたかと思えば、三和土で土下座をした息子のことを、母や父がどう思ったのかは分からない。言いたいことはたくさんあっただろうに、何ひとつ文句は言わず、「お帰り」をくれた彼らにはただただ感謝しかない。
「新しい携帯あんなら連絡先教えろ。俺、来月からもう日本にいねぇから」
「……あ、うん、」
ナギサちゃんや悠真から離れて、五ヶ月。失恋の傷はまだ癒えていない。