ステレオタイプの恋じゃないけれど
ステレオタイプの恋じゃないけれど
他人を自分から誘うのは一切ねぇんだよ。
彼女との付き合いが長いであろう人間にそう言われて、期待しない人間などいるのだろうか。
だって、俺、めっちゃ誘われてたもん。
「っ、は、あ! やっべ、俺、も、」
思い立ったが吉日。
善は急げ。
多分、どちらも当てはまらないだろうけれど、そんな気持ちで立ち上がり、走り出した、俺の足。「おい、食べ掛け! せめて片せよ!」だとか、背後で叫ばれたけど、「ごめん! 頼む!」とだけ叫び返して、ただひたすらに走った。
まだ半分も食べてねぇバーガー? ポテト? 勿体ねぇ? 知らねぇよ。
まだ一口しか飲んでいねぇコーラ? 蓋すら開けてねナゲット? 勿体ねぇ? 知らねぇよ。
いや確かにそうだけど。食べ物を粗末すンのはダメだけど。今だけは許して欲しい。こればっかりは何にも代えられない。スーツに革靴。走る格好じゃないけど、道行く人々が何なんだと言わんばかりの眼差しを向けてくるけど、そんなの関係ないねと俺は全速力で走った。
「だ、よな……さすがに、指紋は、取り消されて、る、よな、」
しかし、だ。
ナギサちゃんのところを辞めて、五ヶ月。セキュリティーに力を入れていると悠真に言われていた彼女が、辞めた人間の指紋登録をそのままにしておくはずがない。
ぜぇ、はぁ、と行き絶え絶えにたどりついたそこに手をかざすも、ビ、ビー、と派手な音を立てて拒まれてしまった。