推しを愛でるモブに徹しようと思ったのに、M属性の推し課長が私に迫ってくるんです!
 
「あれ? 何で開かないんだ? 浮田課長居るんですか? 鍵掛かってますよ!」
 
 
 同じ課で同期の田中君の声がする。ここで騒がれては不味いので、私は立ち上がってドアを開けに向かった。一瞬、浮田課長の方を見たら「チッ」と舌打ちしているではないか! え? どうした課長! ダークモード課長を初めて見た私は少しゾクリとした。そんな浮田課長もイイ!
 
 
「田中君、ゴメン! 鍵が掛かってるの知らなかったの」

 
 私はとぼけてドアを開ける。田中君は室内をジロジロ覗いていた。
 
 
「あれ? 西浦さんも居たんだ? ん? もしかして二人でいやらしい事でもしてたんじゃない?」
 
 
 ニヤニヤ笑う田中君に「いや、ないから!」と私は田中君の肩を叩く。田中君は私の身体越しに会議室の中を見て、浮田課長の前に並んでいる重箱のお弁当を指さすのだった。
 
 
「うわー! ずるい! 西浦さんだけ浮田課長の手料理食べてる! あ、そうか! 独り占めしたいからドアに鍵を掛けたな!」
 
「んなわけない!」
 
 
 私たちのやり取りを黙って見ていた浮田課長は、ゆっくりと口を開いていく。
 
 
「……田中はどうしてこの弁当を俺が作ったって思ったんだ?」
 
 
 その浮田課長の問いかけに、プププと噴き出すように笑う田中君が「いや~、聞いて下さいよ」と声を出す。嫌な予感しかしない……。
 
 
「西浦さんの家って汚部屋なんですよ。料理も出来ないらしく、調理器具も見当たらない! デリバリーかコンビニの弁当の空き容器が所狭しと――」
 
「た、田中は西浦さんの家に行った事があるのか……?」
 
「へ? はい、まあ同期ですので。コイツってば酔うと前後見境なくなるんで、俺が家まで送った事が何回かあって。なあ?」
 
 
 田中君の問いかけに私は不機嫌に「……ええ、そうです」と返す。すると浮田課長は「コイツ? コイツって言った」と小声でブツブツ呟いていた。私は思わず「送ってもらっただけで、何もないんですよ! コレには彼女も居まして、ほら、秘書課の!」と、何だか浮気がバレてシドロモドロの奴みたいにペラペラしゃべり出す口が止まらない。田中君はギョッとした顔をしている。
 
 
「ほら、折角の浮田課長が作ったお弁当なんで、三人で食べましょうか!」
 
「そ、そうだよな……。折角だから田中も食べてくれないか。ちょっと作りすぎて……」
 
 
 田中君は「え、はい……」と少し戸惑い気味に返事をしたが、浮田課長の作った重箱弁当の豪華さに驚き、大喜びで食べたのだった。
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