推しを愛でるモブに徹しようと思ったのに、M属性の推し課長が私に迫ってくるんです!
俺が慌ててM社の見積もりを仕上げていると、西浦さんが田中の席に移動した。
「ねえ、田中君……」
親密そうに田中に近づいて話しているじゃないか! くっそう、俺の席からではよく見えない。そうだ、コピー機の辺りに移動して……。
――あ、ちょっと! そんなに近づいて、あぁぁぁ!
俺は心の中で大絶叫をしていた。二人の顔が近づいて、キ……キスをしたような。嘘だろう? ここは社内だぞ! いや、しかし。ドラマではよくあるシチュエーションだ。社内恋愛中の男女が書類で顔を隠してチュってやつだ。
「浮田課長! どうしましたか?」
「え……、今……き、キ!」
「キ? え? 何ですか?」
驚いた。田中の側に居たはずの西浦さんが目の前に居る。俺はどうやら手に持っていた書類を派手に床にまき散らしていたらしい。
「何でも無い……」
俺は自分の動揺を隠すために散らばった書類を無言で拾い集める。西浦さんも一緒になって拾ってくれた。何だか申し訳ない。
すると同時に一枚の紙を拾い上げて偶然にも手が触れてしまう。西浦さんは「す、すみません!」と手を離すが、俺は思わず彼女の手を掴む。
「……きょ、今日の就業後の予定は?」
「え……? きょ、今日ですか? 今日は……残業の予定ですが」
俺はつい「チッ」と舌打ちしていた。しまった悪印象を与えてしまうと西浦さんを見たが、何故だか顔を可愛く歪ませてほくそ笑んでいる。何故だ?
「分かった……。待つから」
俺はそう言って拾った紙と共に、恥ずかしさからその場を直ぐに離れて行くのだった。