推しを愛でるモブに徹しようと思ったのに、M属性の推し課長が私に迫ってくるんです!
 授業中も鞄の中にあるBL小説に気を取られ、何度も鞄を開けては閉めをしている私に、友人が「大丈夫?」と何度も聞いてきていた。その度に大丈夫と笑顔で告げる私は、遂に我慢が出来なくなってトイレに駆け込むのだ。


 男同士の絡みのある漫画だなんて、禁止目録のような気がした私は、トイレで隠れて読まなければいけないと思い込んでいた。焦る気持ちを抑えながら、そっと鞄を開けて漫画を取り出し少し震える手でページを開く。


  私はどれ程の時間を掛けて読んだのだろう。一時間か二時間か、それともたった一五分程だったのか、全く記憶にない。ただあっという間にページを捲り、舐める様にページの隅々まで繰り返し読んでいた。


  読み終わった時は、興奮で言葉が出ず、只々「はぁーー」と何度も息を吐き出す。ようやく出てきた言葉が「……と、尊い!」だったのだから。


  自宅に戻った私は、母のBLコレクションを片っ端から読んだ。母とは週末に池袋に一緒に買い物にも出掛けるようになり、二人でBLカップルの話で盛り上がる。父は母が楽しければと文句も言わずに、母と私のBL話を笑顔で聞いていたのだ。


  そんな日常は私が就職して一人暮らしをするまで続く。


 家から会社まで遠くて通えないので、私は都内にマンションを借りて住むことにし、私のBLコレクションは遠慮する必要も無いので読む本も過激を極めていく。本棚には隠すこと無くBL漫画が並んでいくのだ。そんな私も二五歳になった。


 最近では普通のアニメやドラマを見ていても、「腐った目」で観てしまうようになる。お気に入りのカプ(カップル)を見つけて、その二人の禁断のストーリーを想像して楽しむ。最近の私のお気に入りは、倒産危機に陥った航空会社の社員の葛藤ドラマ。そのドラマに出てくる主人公・武田と主人公をいつも助ける同僚くん木下のカプ。ついにはそのカプの薄い本を求めて、同人誌即売会にも出掛けるようになっていた。そう、私は「生もの」もいける口なのだ。


 その二人の禁断のアレコレを想像して毎日楽しんでいた時に、ある出来事が起こったのだった。


「今日から東京本社に移動になりました浮田です。これから皆さんと共に頑張っていきたいので、どうぞよろしくお願いします」


 私の前に現れたのは私の推しドラマの主人公、武田にそっくりな容姿の人物。


「西浦さん。君が浮田課長のアシスタントになるから。頼んだよ!」


 部長の声は聞こえていたが、余りの驚きで声が直ぐに出ない私は少し間を置いて「……はい」と答えた。そう、これが私の推しを見守るモブ生活の始まりだった。
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