推しを愛でるモブに徹しようと思ったのに、M属性の推し課長が私に迫ってくるんです!
「佐々木さん! 先週出してもらったXX社の証明書。あれ不備があるから今日中にもらい直して来てください」
佐々木さんは私を「はあ?」とでも言いたそうな顔で見ている。彼女は女性の営業職で、かなりのやり手だったが時々凡ミスをする。
「何で他の課の西浦さんが?」
気が強い彼女はミスを指摘されると態度が常に悪くなる。そのせいで二部二課の事務職に毛嫌いされていた。
「今、二課で大きな案件を抱えているでしょ? だからそれ以外の小さな案件の事務は、各課で分担中です。連絡聞いていません? XX社の分は私が事務処理してますよ」
ムッとした佐々木さんは「わかった」と言って席を立つ。ホワイトボードに「XX社へ」と殴り書きをしてそのまま消えて行った。フーっと息を吐いた私は自分の席に戻る。浮田課長は私の右斜め隣に座っていて、知らん顔でコンピューターを立ち上げていた。
「佐々木さんはXX社に行きました。あそこは遠いので、社に戻るのは午後ですね」
「……西浦さんって凄いね。敏腕秘書って感じ」
「……秘書ではないです。ただの事務職ですから」
少しぶっきら棒に私は答えるが、自分でも浮田課長の秘書のような気はしている。しかも凄腕の。
「浮田課長、今日は十時から会議があります。資料は用意してありますから、後はパワーポイントを……」
「西浦さん、悪いけど会議の時に一緒に来てくれる? 他の人に頼むより西浦さんの方が安心だから」
その言葉にグッと心を掴まれた私は、内心ガッツポーズだったが、表面上は冷静に「そうですねえ。予定を確認してからお返事しても良いですか?」等と勿体ぶった。本当は急ぎの案件など無い。寧ろ「はい! やります!」と大声を出したい位なのだが。この課長は極度の恥ずかしがり屋なので、慎重に行動しないといけないのだ。肉食系女子を見せてはいけない。ようやくここまで信頼を取り付けたのだから。モブの私は一番美味しい席で浮田課長を愛でるのが最高の幸せなのです。
「そ、そうだね。西浦さんは忙しいもんなあ。俺の件に振り回してはいけなかった……」
急に引いた浮田課長は、「今日は自分でやろう」等と言っている。それは大変不味い! 折角勝ち取ったこのポジションなのに、私は用無しになるじゃないか!
「か、課長。そう言えば、今日の事務処理は至急も無く、午後に回せる物ばかりでした。会議のお手伝い出来ます」
私の言葉を聞いて満面の笑みの浮田課長は「流石、西浦さん」と微笑みかけてきた。くぅーー、何て笑顔なの。私だけが見られる浮田課長の笑顔。ああ、悶絶死しそうだわ。やはり推しの「武田くん」そっくり! 心のビデオカメラで録画完了! 永久保存版!