教えて、春日井くん


放課後の教室で御上さんがひとりで本を読んでいるのを知ったのは、そのあとすぐのことだった。

よっぽど好きなのか、読み終わった後は柔らかい表情を浮かべていて、見惚れてしまう。


純粋に綺麗だと思った。彼女の醸し出す雰囲気と、芯のある瞳。

大勢の生徒がいる学校の中で、真っ白でなににも染まらずに、御上綺梨だけはそこにいる。

そんな風に俺には見えるようになっていた。



あるとき、俺の変化に気づいた秋に「あの人のこと好きなの?」と指摘されてしまった。


「好きっていうか、なんか目で追っちゃう」

「好きとなにが違うのかわかんない」

俺の部屋で秋はスマホのゲームをしながら、俯いたまま「じゃあ、御上が誰かと付き合ってもいいんだ?」と聞いてくる。

御上さんが高嶺の花と言われているのは、人気のある先輩やイケメンに告白されても全て断っているかららしい。だから、彼女が誰かと付き合うなんて想像もしたことがなかった。



「あの人だって、いずれ誰かと付き合ったりするだろ」

「それは、そうだろうけど……」

「春日井がそれでも別にって思うなら、好きってわけではないんじゃね」

スマホのゲームからクリアしたときに流れる音がすると、秋が顔を上げる。

わざとらしく口角を上げていて、試すように俺のことを見た。



「ま、好きって気づいても両想いになれるわけじゃないもんな。相手はあの清楚だし」

「……秋、楽しんでるだろ」

「うん。こんな女々しい春日井初めて見たし」


……俺、女々しいのか?
そんなこと言われたことがなかった。

普段なら女子に話しかけることなんて普通にできたし、ここまで躊躇ったり見ているだけなんてことはなかった。


「正直……俺は御上さんのこと見ているだけで満足だったけど、でも彼氏ができるって話になると別っていうか」

「へー、彼氏ができたら嫌なんだ」

「まあ……心から祝福はできないと思うけど」

見ているだけしかできないくせに、なに言ってんだって感じかもしれないけど。


「御上のことどう思ってんの」

「見てるだけで楽しい。あと案外危なっかしくて目が離せなくなるのと、次はなにするのかなって気になる。元々美人だけど、本を読んでるときの表情が一番かわいい。こっち見てくれないかなーとか、話す機会できないかなーとか思うこともあるけど……」

「あーうん、わかったわかった。がんばれ」

呆れたように秋が片手を振って俺の話を止めた。

自分の言葉を頭の中で反芻させて、口元に手を当てる。


「もしかして俺……」

浮いていた感情を言葉として形取ったため、モヤがかかっていて不安定だったものの正体が見えてきた気がする。


「好きなのかな」

「春日井、今までまともな恋愛してきてないからバグ起こしてるな。聞いてるこっちが恥ずかしい」

「……自分でも最近おかしいとは思ってる」


この感情が恋愛なのかもしれないと気づいてからは、もっと知りたい。近づきたい。話したい。想いが日に日に強くなっていった。


それと同時に焦りを感じ出した。
このまま声をかけず、関わらないでいたら……いつか御上さんは誰かの彼女になってしまうかもしれない。


——だから、そうなる前に一度くらいずっと出なかった勇気を絞り出してみることにした。



「御上さん、なんの本読んでるの?」

放課後に彼女に声をかけたのは、俺を認識してほしかったから。

……どうしたら俺のこと気にかけてくれる? 好きになってもらうには、なにをしたらいい?



情けないけど、こんなことぜんぶ初めてでどうしたらいいのかわからない。

彼女の好きなものも、嫌いなものも俺はなに一つ知らなくて、教えてもらうための方法を手探りするように、平然を装って声をかける。

諦めきれなくて、かっこわるくても足掻いてしまう。
心臓だってバクバクで、緊張で表情が強張りそうになるのを必死に隠す。



でもその結果、向けられた視線は冷たかった。





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