伯爵令嬢のつもりが悪役令嬢ザマァ婚約破棄&追放コンボで冥界の聖母になりました
 エレナは闇の中でそっと涙をぬぐうと、ゆっくりと身を起こしながら、『光あれ』と唱えた。

 ベッドに横たわったルクスの姿があらわになる。

 薄い毛布から出た裸体の上半身は間違いなく人の姿だった。

 エレナはベッドの上に転がる枕を持ち上げて、思いっきりルクスにたたきつけた。

「何をする」

 男が冷静に枕を払いのける。

 エレナはその枕をもう一度取り上げて、またたたきつけ、そしてそれに体重をかけてルクスにのしかかった。

「何をしている」

 両腕で枕ごとエレナを押しのけると、今度はルクスがエレナの上にのしかかって押さえつけた。

「どうした? 何を怒っている?」

「怒ってなどいません」

 ルクスが鼻で笑う。

「そうか。ならいい」

 ちっとも良くない。

「どんな夢を見ていたのですか?」

「夢? 俺は夢など見ない」と、ルクスの力がゆるむ。

「でも、寝言を言っていたではありませんか」

「寝言など言わんぞ。俺は寝ない。冥界の帝王だからな」

 またそれだ。

 そのくせ、あんな妖魔にたぶらかされて……。

 もう、話にもならない。

 こんな男と話などしたくもない。

 エレナはルクスを手で押しのけてベッドの上に起き上がった。

「あのおかしな妖魔とお楽しみになっていればいいでしょうよ。失礼します」

「待て」と手をつかまれる。「妖魔とは何だ?」

「あなたの大好きなわたくしのことです!」

 背中にルクスの笑い声を残してエレナは部屋を出た。

 ああ、もう、イライラする。

 こんなときは掃除をするに限る。

 無駄だと分かっている作業ほど無心になれるものだ。

 ただ、やはり、そう都合良くはいかないようだった。

 箒を持って玄関ホールへ下りていくと、またキッチンから料理の匂いが漂ってきた。

 まだいたのですか、あの妖魔。

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