人権剥奪期間
「恵美!」


聡介の声がしたかと思うと、手首をつかまれて引っ張られていた。


後方にグンッと引かれて体のバランスを崩す。


聡介はそのままあたしの体を突き飛ばすようにして男子トイレへと足を踏み入れた。


「個室に入れ!」


言われて右手の手前にある個室に入ると、聡介も同じように滑り込んだ。


そして鍵をかける。


ひとまず、これで追いかけてこられても大丈夫だ。


大きく深呼吸を繰り返して、落ち着くのを待った。


今自分たちの身に起きた出来事は、とても信じられるものじゃなかった。


いつものクラスメートたちが一瞬であそこまで豹変してしまうなんて。


先生だって助けてくれなかった。


思い出すだけで体が震えて歯の根がかみ合わなくなる。


「大丈夫か? なにもされてないか?」


あたしは何度も頷いた。


「聡介は?」


「俺も平気だ。ちょっと強くつかまれただけで」


そう言って赤くなった手首を見せてきた。


ちょうど指の形に赤く染まっていて、痛々しい。


「大丈夫? 痛くない?」


「あぁ、平気だ。それより、こんなのが毎時間続くのかよ」


聡介は呟いて大きく息を吐き出し、狭い天井を見上げた。


「今回は偶然逃げ切れたけど、次は無理かも……」


隣のクラスの生徒たちが来てくれなければ、今頃どうなっていたかわからない。
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