愛がなくても、生きていける
「ところで、どうかしたのか?溜息なんてついて」
「なんでもない。どっかの誰かの失礼な言動のせいでどうでもよくなっちゃった」
「そりゃあよかった」
嫌味っぽく言ってみせるけれど、それもまた辰巳は笑顔でかわしてみせる。
そんな私たちのやりとりはもはやいつもの光景で、
室内にいる他の社員たちは『またやってる』と言いたげに、仕事の手を止めることなく視線だけをこちらに向けている。
すると辰巳はふと思い出したように言った。
「あ、そういえば食品事業部の女の子たちから伝言。『今度榊さんと飲みに行きたいので都合のいい日教えてください』ってさ」
食品事業部って……オフィスがあるフロアも違うし、普段接点もない人たちだ。
なのにどうして、と一番に疑問が浮かんでしまう。
「私と?なんで?」
「そりゃあもちろん、“飲料事業部の榊”と言えば男社員顔負けの営業成績で有名だからな。ノウハウを学びたいんだろうよ」
辰巳はそう言いながら、先ほど後輩と見ていたボードの営業成績グラフを目で指した。
そんなふうに名前が知られているのは嬉しいような恐れ多いような……そう思うけれど、それと同時にやはり辰巳の成績のほうが目に留まる。
「……営業成績一位の人に言われても嫌味にしか聞こえないんだけど」
「いやぁ、そんな褒めるなよ」
「褒めてない」
謙遜することのない辰巳に呆れたように言う。
辰巳はそんな私に、ふっと笑って肩を軽くたたいた。