愛がなくても、生きていける



「けど本当、すごいよ初音は。周りはそれを評価してるんだから、素直に受け入れておけ」



諭すように言う不意打ちのその優しい声が、この心をときめかせると同時に素直にさせて、私は黙って小さく頷いた。

それを見て辰巳は微笑むと、先ほど乱した私の頭を今度は優しくポンポンと撫でる。



「まぁ、あとは彼氏ができれば順風満帆なんだろうけどなぁ」

「って余計なお世話!」



一瞬ときめいたこの心を現実に戻らせる余計なひと言に、私は頭に触れていたその手の甲をぎゅうっとつねった。



「なによ、自分が結婚できたからって。調子に乗って奥さんに愛想つかされても知らないんだから!」

「あはは、残念。そんな気配ないくらいラブラブなんだよな~」

「はいはいごちそうさま!」



自然にのろけてみせる辰巳に、ふんっと顔を背け私は仕事を再開させる。

そのタイミングで、部屋の入り口から上司に呼ばれた辰巳はその場を歩き出した。



小さく振り向き見つめた後ろ姿は、シャツ越しにもわかるたくましい背中をしている。

彼の柔らかな雰囲気によく似合った、茶色い猫っ毛を軽くかくその左手の薬指には、真新しいプラチナのリングが輝いている。

その輝きに目が奪われる度、胸の奥には棘が刺さるような鋭い痛みがはしった。

それは何度も何度も繰り返し、それでも鈍ることのない痛み。



……早く、花束の予約しておかなくちゃ。

迷い躊躇ううちに、あっという間にその日はくる。

辰巳の、結婚式の日が。




  
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