愛がなくても、生きていける
「ちょっと邪魔、どいてよ」
「す、すみません……」
ぶつかりながら早足で去っていくお客さんに、小さな声で謝りながら散らばった本を拾った。
その光景を横目で見る周囲からの視線が痛くて、伸びたままの前髪で目元をそっと隠す。
そのタイミングで、店内の時計が15時過ぎをさしていることに気がついた。
あ……いけない、あがらないと。
急いで本を売り場に出して、私はバックヤードへ向かった。
スタッフルームには、ちょうど休憩に入ったところらしい店長の姿がある。
「店長、すみません。15時なのでお先に失礼します」
「いやいや、今日本来なら重森さん休みだったのにこっちこそ無理言ってごめんね。助かったよ」
メガネをかけたひと回り年上の店長は、申し訳なさそうに頭を下げる。
そんな腰の低い態度に、私は「いえ、そんな」と首を横に振った。
「今日はこれからお母さんの病院だっけ?」
「はい。先日の検査の結果が出るので、それを聞きに」
「そっか、重森さんも若いのに大変だね。お母さんによろしく」
優しくて面倒見がいいことで店内でも評判な店長の笑顔に見送られ、私はタイムカードを切った。
そしてエプロンを脱ぎコートを着て、この街を行き交う人の一部になる。
今にも雪が降り出しそうな曇り空の下を歩くと、2月の風がショートカットの毛先からのぞく襟足を撫でた。
今朝急いでてマフラー忘れちゃったのは失敗したな……。
寒さに自然と、急足となった。