愛がなくても、生きていける
母の病状は、芳しくない。
幼い頃に父と死別し、女手ひとつで私を育ててくれた。そんな母が病に倒れたのは5年前のことだった。
告げられたのは、卵巣がん。
初めてそれを耳にしたときは、『がん』という言葉に身構えてしまった。
けれど、『今の時代は必ずしも死につながるものではない』そう先生に言われたことから私と母は前向きに、できる治療を全てした。
手術、投薬、お金のことは気にせずできる限りのことをしたし、母もつらい治療に耐え一度は寛解の兆しが見えた。
ところががんは再発、そして転移し、今では母の体のいろんなところを蝕んでいる。
だけど、今日の先生の話でなにかいい知らせが聞けるかもしれない。
新しい薬か、治療か……どんなことだってしてみせる。
母の命の、ためなら。
そうだ、必要なものを買う前にお花を買っておこう。
そう思い私は病院内の売店へ行くより前に、一度病院から出るとすぐ近くにある花屋へと向かった。
私の母は昔から花が好きで、よく買ってきて家の居間に飾っていた。
それを思い出し、お見舞いの度に私は病院近くの花屋で花を買っているのだ。
『Iris』と書かれた看板を見て、私は一度足を止める。
そして近くのお店のショーウィンドウに映った姿を見ながら前髪を整えて、深呼吸をすると店内を覗き込んだ。
店内には、色とりどりの花やギフト用のアレンジメントなどが並ぶ。
そしてその真ん中には、黒いエプロンがよく似合う背の高い男性がいる。
あ……今日も、いる。
ドキ、とほのかなときめきを感じながら、勇気を出して一歩踏み込んだ。