愛がなくても、生きていける
「こ……こんにちは」
緊張から小さくなってしまう声。
けれど彼はそれを聞き逃すことなくすぐ気づき、こちらに目をとめた。
「あ、沙智ちゃん。いらっしゃい」
形のいい二重の目を細めにこりと笑う彼の表情に、自然と自分の顔も緩むのがわかった。
「今日もお母さんのお見舞い?」
「はい。ちょっと時間があるので、病室に飾るお花を買いたくて」
穏やかな声で「そっか」と相槌を打つ彼の、茶色い髪が柔らかく揺れた。
彼……中村さんは、このお店の店長だ。元々はサラリーマンで営業職をしていたらしく、その姿が容易に想像つくような愛嬌のある人だ。
ここにくる人は病院関係者や私のようにお見舞い用にという人が多く、その人たちの間でも『花屋のイケメン店長』として人気だ。
「今日のおすすめはミモザかな」
「じゃあ、それで。ブーケにしてください」
「よしきた。俺のセンスに任せて!」
彼はそう笑って、黄色い小さな花が沢山ついたミモザの花を手に取った。
そしてそれに白い花を合わせて、春らしい明るい色合いでブーケを作る。
花を一輪ずつ手に取り優しく包む、その長い指と真剣な横顔が綺麗で、いつもみとれてしまう。
私はこの小さなお店の中で、彼がブーケを作るのを見るこの静かな時間が世界で一番好きだ。
心も頭も毎日いっぱいいっぱいで余裕なんてない。だけどその中でも彼と接する時間は私のこころに光をもたらしてくれる。
きっとこういう気持ちを、片想いというのだろう。
……だけど。
チラ、と見たレジ横のカウンターには、白いフォトフレームが置いてある。
その中に飾られた写真には、今より少しだけ若い中村さんと黒髪の綺麗な女性、そして赤ちゃんが写っている。
それが、彼にとって常にそばに置いておきたい宝物なのであろうことは明白だった。