ちいさなことばをひろいあつめて【短編集】
 「ねぇこの八年どうだった」

 「良かったよ。今までの人生で一番幸せだった」

 
 彼の答えに私は「そう」と一言だけ呟くと並々と注がれたワインを飲み干した。

 そして飲み干したグラスを見た彼が再び並々とワインを注ぎグラスを満たす。


 「ねぇ、悪酔いさせる気?」

 「もう君の介抱は出来ないよ。『どうぞなみなみ注がしておくれ 』ってヤツだ」

 「井伏鱒二?」

 「うん、『勧酒』だ」


 その言葉に私はああ、と吐息を漏らす。

 もうこの言葉だけで十分だった。
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