白豚王子育成計画〜もしかして私、チョロインですか?〜
 その……まさにその『霊人』とやらが私だと思うのですが……すみません。私、世界を発展させられるほどのチート知識、何もないです。

 そんな居たたまれなさに視線を逸らすと、顎を捕まれクイッと元に戻された。エドが長い前髪の下でニッコリと微笑んでいる。

「国としてはね、一人でも多くの霊人を囲い込んで、色んな知識を得たいところなんだけど……僕個人としては、そんなものよりもリイナ自身の方が大事だからさ」

 その視線も、その声も。とても優しくて。

「だから僕、心配なんだ。あまりにリイナが綺麗になりすぎて、周りの男だけでなく精霊にまで目を付けられたどうしようって……ねぇ、リイナ。他の誰からも愛されないで。いつまでも、僕だけのリイナでいてほしいんだ」

「エドワード様……」

 あぁ、胸が痛い。
 それは、私の邪推に釘を刺されたからではない。

 実感する。あの時から、じわじわと理解してしまう。

 この私が育ててきたイケメンが愛情を向けている相手が『私』でないことを。
 彼の求める『リイナ』が『私』でないことを。

 そして私が胸の部分を掴んでいると、

「どうしたの、リイナ? どこか苦しい? どこか痛い?」

 体調不良を懸念したエドに、私は笑顔で首を横に振る。

「ごめんなさい。ちょっと……服が苦しくて」

「え?」

 コルセットがキツイことにして誤魔化すと、エドが上から覗き込んでくる。

「あ、最近少しふくよかになったもんね。でも僕が好きだよ。ふふっ、その方がいつかの楽しみも増えるし」

 痩せて軽く笑えるようになった王子だが……なぜだろう。私の耳には今こそ『グフフ』と気持ち悪く笑う声が聞こえて、

「なっ、なっ……どこを――――」

「御二方……仲睦まじいのは国民として、大変嬉しく思うのですが……」

 コホンと咳払いしてから「いい加減、ダンスのレッスンに入っても宜しいですか?」と切り出す講師の人に、私たちは「すみません」と頭を下げるしかなかった。




 セクハラに対する怒りをぶつけているわけではない。

「痛っ」

 そう――何度もエドの足を踏んでいるのは、決して悪気があるわけではないのだ。

「リ、リイナ……さっきは怒らせて悪かったって……」

 私には、ダンスのセンスが欠片もなかったらしい。

 しかも、エドが異様に痛がるには理由があった。私がヒールなのに対して、彼は靴下だけ。靴を脱いでしまっていた。

「せ、せめて靴を履いて下さいっ!」

「嫌だよ。何かの間違えでリイナの足を踏んでしまったら、僕は命を絶って詫びることになっちゃうよ!」

 なんでその程度で腹切り案件になるんだっての。私はどこぞの殿様ですか? むしろあなたが殿様じゃないですか。

「王子……まだいけますか?」

 講師の質問に、エドの笑みは完璧だった。

「もちろんです! 引き続きご教授、お願いできますか?」

 やめて……もうやめて……。

 罪悪感を募らせるほど、絡まる足。ピカピカの床とは違う柔らかい感触。エドの小さな悲鳴。

 やめて……もう解放して……。
 それでも、講師の手拍子が鳴り響く。

 エドが公務で呼ばれるまで、いつまでも。いつまでも。


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