白豚王子育成計画〜もしかして私、チョロインですか?〜
「ねぇ、今日もエドワード王子には帰ってもらったけど……本当に良かったのかい?」
ノック音のあと、扉の向こうからお父様の声が聞こえる。
窓の方に目をやれば、今日も私を迎えに来てくれたエドワード王子が、肩を落とした様子で馬車に乗る光景が見える。
その罪悪感を振り払うように、私は声を張っていた。
「いいのっ!」
思いの外大きかった自分の声にあわてて口を塞ぐも後の祭り。
一応これでも『リイナ=キャンベル』に相応しいように、言葉遣いなど注意はしていたのだ。そんな今までの努力が水の泡になってしまうのではないかと、恐る恐る扉の方を向いても――お父様の声は、変わらず優しいものだった。
「王子と喧嘩でもしてしまったのかい? 気まずいなら、父が取りなしてあげようか?」
「……特に揉め事などありません」
そう――私がエドを避けているのは、ただ怖いだけ。
知らない醜い感情に呑まれてしまうんじゃないか。
そんな自分が怖いだけ。
だけどそんなこと、どうしてお父様に言えようか。
「そうなのかい? リイナが王子に会いたくないなら、父は無理強いしたくはないな」
こんなにも娘の『リイナ』を案じる人に、どうして打ち明けられようか。
それでも、お父様にも立場はあるから、
「でも、明日のダンスパーティーには出席してもらえるかい? ほんの少し、顔を出してくれるだけでいいんだ。一応、国としての建前があるからね。もう病気は完治したと話が広まっている以上、将来の王妃であり宰相の娘である君が――――」
「わかってます」
大丈夫。馬鹿な私でも、そのくらいのことはわかってる。逃げられない。王子から『リイナ=キャンベル』が逃げることができないことくらい、わかっているから。
ベッドのそばの窓には、今日も小鳥が止まっていた。私が指を伸ばすと、嬉しそうにくちばしでツンツンとじゃれてくる。名前のわからない青い鳥だが、決して幸運を運んできてくれるわけではないのだろう。なんとなく、そんな気がした。私は決して、おとぎ話の住人ではない。
「お父様」
だから、私はベッドから立ち上がり、扉を開ける。
「以前お願いした家庭教師の件、どうなりましたか?」
「教師の候補もだいぶ絞れたからね。これから予定や任期の調整をするところだけど……本当に大丈夫なのかい? 勉強も大事だけど、無理してまた身体を壊したら……」
「でも、学校に通うより負担は少ないだろうと、以前相談したと思うのですが」
「それはそうだけど……ここ最近も、ずっと部屋で勉強しているみたいじゃないか。一人でダンスの練習もしているんだろう? 無理しすぎてまた体調を崩さないかと父は心配で心配で……」
それでも煮え切らないお父様に、私は思わず苦笑した。
「過保護すぎませんか?」
「……リイナが可愛いのがいけない」
「もう、お父様ったら」
そんな軽口を笑い飛ばして、お父様の顔を見上げる。優しい顔。私を心配する顔。元の作りや色が全然違うにも関わらず、それは『私』の本当の両親とそっくりだ。
そんな人に、私は聞いてしまう。
「もしも、私があなたの娘でなかったら……どうしますか?」
「うん? 熱でもあるのかい?」
あっさりと聞き流し、私の額に手を当てる。
「熱はないみたいだけど……今日は体調も悪いみたいだし、明日に備えてゆっくり休んだほうが良さそうだね」
「お父様……」
「……あまり親を試すようなこと、言ったらいけないよ。悲しくなってしまうからね」
困った顔で笑うお父様は、私の頭を優しく撫でた。すると、ふっと肩の力が抜けるような気がして。その温かさに涙ぐみそうになると、お父様は「あっ」と両手を打った。
「肝心な用件を忘れていたよ。エドワード様からリイナにドレスが届いていたよ。あとで持って来させるから、自分でも見てごらん」
「わかりました」
私が返事をすると、お父様は踵を返す。そして、
「どんなことがあろうとも、リイナは私の可愛い娘だよ」
そう告げる父の背中は、とても大きく見えた。
そして、私は運ばれた大きな箱を開ける。。
中には、星空のような立派なドレスが入っていた。アクセントに付けられた金色のリボンが、まるで流れ星のようで一際目を引く。そしてそれがドレスを大人っぽすぎず、適度な可愛らしさを残していた。
まさに十五歳の『リイナ=キャンベル』が、少し背伸びするに相応しいドレス。
そして、王子が私を射抜いた瞳を思い出させる贈り物だ。