白豚王子育成計画〜もしかして私、チョロインですか?〜
このメイドさんはずっと私の面倒を見てくれている人だ。特に取り立てることもないほどの世間話をして、当たり前のように世話をしてくれたいた人、御令嬢なんだからメイドさんがいて当然……と思っていたくらい『リイナ=キャンベル』の人生のモブくらいにしか思ってなかった人が言う。
「わたしはお暇をもらう時まで、ずっとリイナお嬢様の側におりますからね」
その人は、パーマのかかったような黒髪が可愛らしい人。背は女性にしては少し高め。歳は前世のわたしくらい、二十代半ばだろうか。目の下のほくろが特徴的な愛嬌のある女性。白と黒のメイド服がとても良く似合っていた。
今更ながら、彼女の顔を見て――『私』を見ていてくれた彼女を見て。
「ありがとう」
私の言葉で、お礼を言う。一礼して立ち去る彼女の背中を見届けて、私は開いていた本を閉じた。これは授業の復習として読んでいた歴史書だ。
戦乱の時代、初代ランデール王を導いた霊人の話。元はただの農民の娘だったという。だけど戦火に巻き込まれ焼け野原となった地に立ち上がった血まみれの少女。その異様な光景にたまたま居合わせた兵士に、彼女は言ったという。『私は他の世界の住人だった』と。
彼女の言うことは、全て奇怪なことばかりだったという。しかし兵士はそれを信じ、実行し、進言し――いつしか戦火の灯火は消え失せ、この地に平和が訪れた。その戦績を讃え、兵士は貴族となった。かという少女も、その知識あるところが知れ渡り、初代ランデール王と結婚。たくさんの子を為し、現在のランデール王族へ知識を残すこととなった。
つまり、エドは霊人である異世界人の末裔。
つまり、彼がその知識に強く、また異世界人かそうでないか見分ける目があってもおかしくないということ。
――私はいつからバレていたんだろう。
彼の愛する『リイナ=キャンベル』の身体に乗り移った、他の世界の赤の他人を、彼はどう思っていたのだろう。どういう目で見て、どういう気持ちで話しかけていたんだろう。
どういう気持ちで、何度「リイナ」と呼んでいたのだろう。
どういう気持ちで、何度「好き」だと告げたのだろう。
「ごめんなさい……」
目から落ちた涙が、ポロポロと本の表紙を濡らしていく。
もう私がこの世界に来て、四ヶ月以上の月日が経った。
それだけの決して短くない期間、私はずっと彼を騙していたのだ。
彼は騙されていると知った上で、騙されたフリをしていたのだ。
「ごめんなさい……」
私が謝罪しても、誰にも届かないことがわかっている。窓辺の小鳥が聞いていたところで無意味なのだ。謝罪は本人に伝えなければ何の意味もない。
「ごめんなさい……」
それでも私が三度口にした時、扉がノックされた。
「お嬢様、たびたびすみません」
今出ていったばかりのメイドさんの声に、私は目を擦ってから「どうしましたか?」と尋ねる。
「お嬢様にお届け物が」
――私に?
ハッとして窓の外を見ると、そこに私の求めている姿はなかった。
ただし、少し離れた門の向こう。どってことない褐色の髪。ヒョロっとした情けない体型。パッと冴えない地味な服装。そんな地味顔の少年が私を見上げて開いてヒラヒラと手を振って去っていく。
「ショウさん……?」
「わたしはお暇をもらう時まで、ずっとリイナお嬢様の側におりますからね」
その人は、パーマのかかったような黒髪が可愛らしい人。背は女性にしては少し高め。歳は前世のわたしくらい、二十代半ばだろうか。目の下のほくろが特徴的な愛嬌のある女性。白と黒のメイド服がとても良く似合っていた。
今更ながら、彼女の顔を見て――『私』を見ていてくれた彼女を見て。
「ありがとう」
私の言葉で、お礼を言う。一礼して立ち去る彼女の背中を見届けて、私は開いていた本を閉じた。これは授業の復習として読んでいた歴史書だ。
戦乱の時代、初代ランデール王を導いた霊人の話。元はただの農民の娘だったという。だけど戦火に巻き込まれ焼け野原となった地に立ち上がった血まみれの少女。その異様な光景にたまたま居合わせた兵士に、彼女は言ったという。『私は他の世界の住人だった』と。
彼女の言うことは、全て奇怪なことばかりだったという。しかし兵士はそれを信じ、実行し、進言し――いつしか戦火の灯火は消え失せ、この地に平和が訪れた。その戦績を讃え、兵士は貴族となった。かという少女も、その知識あるところが知れ渡り、初代ランデール王と結婚。たくさんの子を為し、現在のランデール王族へ知識を残すこととなった。
つまり、エドは霊人である異世界人の末裔。
つまり、彼がその知識に強く、また異世界人かそうでないか見分ける目があってもおかしくないということ。
――私はいつからバレていたんだろう。
彼の愛する『リイナ=キャンベル』の身体に乗り移った、他の世界の赤の他人を、彼はどう思っていたのだろう。どういう目で見て、どういう気持ちで話しかけていたんだろう。
どういう気持ちで、何度「リイナ」と呼んでいたのだろう。
どういう気持ちで、何度「好き」だと告げたのだろう。
「ごめんなさい……」
目から落ちた涙が、ポロポロと本の表紙を濡らしていく。
もう私がこの世界に来て、四ヶ月以上の月日が経った。
それだけの決して短くない期間、私はずっと彼を騙していたのだ。
彼は騙されていると知った上で、騙されたフリをしていたのだ。
「ごめんなさい……」
私が謝罪しても、誰にも届かないことがわかっている。窓辺の小鳥が聞いていたところで無意味なのだ。謝罪は本人に伝えなければ何の意味もない。
「ごめんなさい……」
それでも私が三度口にした時、扉がノックされた。
「お嬢様、たびたびすみません」
今出ていったばかりのメイドさんの声に、私は目を擦ってから「どうしましたか?」と尋ねる。
「お嬢様にお届け物が」
――私に?
ハッとして窓の外を見ると、そこに私の求めている姿はなかった。
ただし、少し離れた門の向こう。どってことない褐色の髪。ヒョロっとした情けない体型。パッと冴えない地味な服装。そんな地味顔の少年が私を見上げて開いてヒラヒラと手を振って去っていく。
「ショウさん……?」