白豚王子育成計画〜もしかして私、チョロインですか?〜
婚約破棄編
――あ、れ……?
「やぁ、リイナ。久しぶりだね」
通されたのは、以前ドレスを見繕ってもらった応接間。
思い出深い場所にいるのは、エドワード王子と彼のまわりによくいる護衛さんたち。そして、この場に不釣り合いな貧相な見習いシェフ。
「さて、役者が揃ったね」
そう笑うエドワード王子は、記憶の中のイケメン王子とは様変わりしていた。出会った当初を彷彿させる豊満な白豚。以前ほどではないにしろ肌にも数個ニキビが目立ち、私を見ては「グフフ」と笑う。
なぜ太った……いや、むしろこの一ヶ月で、なぜここまで太れた?
だけどニコニコと笑い続ける彼が怖くて、当然それを指摘できる雰囲気ではない。
「あれ、どうしたのかな。リイナ。顔色が悪いよ? 毒物は一切口に入れていないように見えてたけど」
「……あの小鳥は、ずっとエドが操作していたんですか?」
いーや、あなたのリバウンドに物申したいんですよ!
なんて言えないので、私はさり気なく話しを誘導すると、エドは「あーそれか」と教えてくれた。
「操作っていうと少し語弊があるんだけど……彼は風の精霊でね。お願いしてリイナの護衛をしてもらっていたんだよ。たまに彼の目を借りて、リイナの様子を見させてもらったり」
なんてこったい。魔法ってすごいなぁって流されそうだけど、がっつり盗撮ってやつじゃないですか。ストーカーかい。
だけどやっぱりエドの崩れることのない笑顔が怖くて「犯罪ですよ」なんて言える勇気はないけれど。
すると、今まで口を閉ざしていたショウが小さく苦笑した。
「まどろっこしいこと話してないで、早く本題に入りましょうよ。俺が彼女に土下座すりゃあいいんでしょ?」
と、悪びれることもなく両膝をつこうとするので、私は思わず駆け寄って腕を引っ張る。
「ちょっ……なんで?」
「なんでってなぁ……俺はきみを殺そうとしたんだぜ? きみは俺が怖くないのか?」
「それは……」
正直言えば、信じられないのだ。なんで、あんなに優しくしてくれたショウが私に毒を仕込んだのだろう。きっとそれは何かの間違えで。あるいは、致し方ない理由があったに違いなくて。
「ねぇ……理由を話して? 止む得ない事情とか、きっと――――」
「はっ。お嬢ちゃん、忘れちゃいないか? 俺は盗賊だったんだぜ?」
ショウは吐き捨てるように笑う。
「令嬢誘拐に失敗して、仲間たちはみんな処されたんだ。復讐できみを殺そうとしたところで変な所はない――――」
「違うと思う」
それは、ただの私の直感。誘拐された私にこっそり焼きおにぎりをくれようとした優しいお兄さんが、そんな悪意を抱えているとは思えない。
「ねぇ、リイナ。そう思う根拠は?」
斜に構えたエドが訊いてくる。いや、だから根拠は何もないんだってば……。
だけど、やっぱりそれを言える空気じゃないし。このまま黙っていたら、ショウが捕まることになるだろうし。
「ねぇ、ショウさん」
せめてもの時間稼ぎ。そのつもりで私は訊く。
「水羊羹の日の時の……絡まれていたのは、本当に先輩だったんですか?」
「……どういう意味だ?」
「リイナ。その時のこと教えてもらえる?」
ショウとエドの疑問符が重なると、ショウの顔が一瞬しかめられた。その様子を目ざとくエドも見ていたのか、「リイナ」とエドに説明するよう促される。
私は一呼吸置いてから話した。
「エドが留学で不在の時……いつも通りショウさんにおやつをもらおうと厨房裏に行ったら、ショウさんが誰かに殴られそうになっていたんです。私が声をかけたら、その人たちすぐに逃げて行ったんですけど……」
「だから、あれは厨房の先輩だって言っただろう? 王子に重用されているから疎まれて――」
「おかしいなぁ。僕としても霊人様に居心地悪い環境は良くないと思うから、君のことはとある国からの留学生ってことにしてあるんだけどね。元の国ではそれなりの身分がある生まれだから、良くしてやってと伝えてあるんだけど」
ショウが霊人。はっきりとエドが断言したことに、私は思わず固唾を呑んだ。
やっぱり、私のこともバレている。
そのことに思わず目を伏せたくなるも、話は他の論点で進行されていく。