白豚王子育成計画〜もしかして私、チョロインですか?〜
それでも頭を下げるしかできない私の耳に、キャンベル公爵の悲しげな声が届いた。
「そのことは――お互いつまらない冗談で良かったんだよ。頭を上げてくれないか、リイナ」
それでも「リイナ」と呼ばれ――――私が恐る恐る顔を上げると、キャンベル公爵はニコリと微笑んでから、後ろを向く。視線の先はあの絵だ。
「リイナは昔から変わった子でね……あまり泣かない。駄々を捏ねない。残念ながら母親に似たのか身体は弱かったけど、とても親思いの育てやすい子だったんだ」
リイナのお母さん――キャンベル公爵の奥さんは、リイナを生んですぐに亡くなってしまったという。だからきっと、あの絵は家族三人の唯一の思い出の記録。
「そして何より、この世界を愛している子だった。自然を愛し、人を愛し、歴史を愛し……気品に溢れ、礼儀も正しくてね。どこに出しても恥ずかしくない、自慢の娘だったよ」
前を向いた公爵と、合わせる顔がなかった。私なりに『リイナ=キャンベル』になろうと努力もしていたつもりだけど――――そんな話を聞いてしまうと、あの程度を努力なんて呼ぶのもおこがましい。食器遣いひとつに手間取り、ダンスすらまともに踊れない。全く変わりが務まらなかった私に、公爵は優しい笑みを向けた。
「でもね。君も私にとって、すでにとても可愛い娘なんだ」
そんな私に与えられる顔ではないはずなのに、なぜか公爵の目は、『リイナ』と同じ青い瞳はとても深い。
「コロコロと表情が変わり、私と軽口で会話してくれて、婚約者相手に一喜一憂して私まで振り回してくれる――知っているかい? 親にとってワガママで手間がかかるほど、可愛くもあるんだよ」
私は知っている。その深い眼差しは、駄々を捏ねた私を宥めようとする、お父さんやお母さんと同じ目だ。病気が辛いと。もう死んでしまいたいと駄々を捏ねた最低な私を慰める時の目だ。
「当然、最初は戸惑ったさ。『リイナ』だけど『リイナ』じゃない。見た目はリイナそのままなのに、立ち居振る舞いが全くの別人なんだ。『私の娘であるリイナ』が死んでしまったのだと納得するまで、ひどく時間がかかった――――正直言って、今でも納得出来ない時もあるよ」
私はその時と同じように、顔を歪めることしか出来ない。ましてや、この人の娘であった時間なんて、まだたったの数ヶ月なのに。私は――馬鹿で。弱くて。情けない私は、こんな優しい言葉をかけてもらう権利なんてないのに。
「それでも君はこの世界で、『リイナ』の身体で懸命に生きている。以前は全く常識の異なる世界で生きていたんだろう? 君だって、苦労していることが多いんじゃないかな?」
「私は――――」
全然だ。むしろ贅沢な毎日だった。毎日お姫様のようなベッドで眠って。高級レストランみたいなご飯を食べて。絵本の中みたいなドレスを着て。健康で可愛い完璧な勝ち組令嬢だと本当に喜んだのだ。
「苦労なんて、何もありません……公爵のおかげで、私は何も不自由のない生活を……」
それなのに、どうして涙が出てしまうのだろう。
泣きたいのは、公爵の方のはずなのに。
私なんて泣く資格がない。悲しむ資格がない。生まれ変わった先がこんな令嬢だったのだから、今までの夢みたいな生活を感謝すれど、罪悪感なんかで泣くなんて失礼にも程がある。
それなのに公爵は小さくため息を吐いて、椅子から立ち上がる。
「本当に……仕方のない娘だね」
そう言って、私を広い胸の中に納めてくれる。
「いいん……ですか? 私なんかが、娘で……」
「君は僕に二度も、娘を亡くさせるつもりなのかい?」
「そのことは――お互いつまらない冗談で良かったんだよ。頭を上げてくれないか、リイナ」
それでも「リイナ」と呼ばれ――――私が恐る恐る顔を上げると、キャンベル公爵はニコリと微笑んでから、後ろを向く。視線の先はあの絵だ。
「リイナは昔から変わった子でね……あまり泣かない。駄々を捏ねない。残念ながら母親に似たのか身体は弱かったけど、とても親思いの育てやすい子だったんだ」
リイナのお母さん――キャンベル公爵の奥さんは、リイナを生んですぐに亡くなってしまったという。だからきっと、あの絵は家族三人の唯一の思い出の記録。
「そして何より、この世界を愛している子だった。自然を愛し、人を愛し、歴史を愛し……気品に溢れ、礼儀も正しくてね。どこに出しても恥ずかしくない、自慢の娘だったよ」
前を向いた公爵と、合わせる顔がなかった。私なりに『リイナ=キャンベル』になろうと努力もしていたつもりだけど――――そんな話を聞いてしまうと、あの程度を努力なんて呼ぶのもおこがましい。食器遣いひとつに手間取り、ダンスすらまともに踊れない。全く変わりが務まらなかった私に、公爵は優しい笑みを向けた。
「でもね。君も私にとって、すでにとても可愛い娘なんだ」
そんな私に与えられる顔ではないはずなのに、なぜか公爵の目は、『リイナ』と同じ青い瞳はとても深い。
「コロコロと表情が変わり、私と軽口で会話してくれて、婚約者相手に一喜一憂して私まで振り回してくれる――知っているかい? 親にとってワガママで手間がかかるほど、可愛くもあるんだよ」
私は知っている。その深い眼差しは、駄々を捏ねた私を宥めようとする、お父さんやお母さんと同じ目だ。病気が辛いと。もう死んでしまいたいと駄々を捏ねた最低な私を慰める時の目だ。
「当然、最初は戸惑ったさ。『リイナ』だけど『リイナ』じゃない。見た目はリイナそのままなのに、立ち居振る舞いが全くの別人なんだ。『私の娘であるリイナ』が死んでしまったのだと納得するまで、ひどく時間がかかった――――正直言って、今でも納得出来ない時もあるよ」
私はその時と同じように、顔を歪めることしか出来ない。ましてや、この人の娘であった時間なんて、まだたったの数ヶ月なのに。私は――馬鹿で。弱くて。情けない私は、こんな優しい言葉をかけてもらう権利なんてないのに。
「それでも君はこの世界で、『リイナ』の身体で懸命に生きている。以前は全く常識の異なる世界で生きていたんだろう? 君だって、苦労していることが多いんじゃないかな?」
「私は――――」
全然だ。むしろ贅沢な毎日だった。毎日お姫様のようなベッドで眠って。高級レストランみたいなご飯を食べて。絵本の中みたいなドレスを着て。健康で可愛い完璧な勝ち組令嬢だと本当に喜んだのだ。
「苦労なんて、何もありません……公爵のおかげで、私は何も不自由のない生活を……」
それなのに、どうして涙が出てしまうのだろう。
泣きたいのは、公爵の方のはずなのに。
私なんて泣く資格がない。悲しむ資格がない。生まれ変わった先がこんな令嬢だったのだから、今までの夢みたいな生活を感謝すれど、罪悪感なんかで泣くなんて失礼にも程がある。
それなのに公爵は小さくため息を吐いて、椅子から立ち上がる。
「本当に……仕方のない娘だね」
そう言って、私を広い胸の中に納めてくれる。
「いいん……ですか? 私なんかが、娘で……」
「君は僕に二度も、娘を亡くさせるつもりなのかい?」