白豚王子育成計画〜もしかして私、チョロインですか?〜
「そんなつもりは――」
私が見上げると、髭面がチャーミングなナイスミドルが意地悪に口角を上げていた。
「君の新しい父親に、君の本当の名前を教えてもらえるかい?」
「私は――――」
「旦那様! お嬢様!」
その時だった。そっと閉めていたはずの扉が勢いよく開かれる。「不躾で申し訳ございません」と言いながらも、きっちりメイド服を着たままのメイドさんが慌てて入ってきた。
「伝令です。エドワード殿下がお倒れになりました」
エドが倒れた。そのことに私の頭が真っ白になる一方、公爵――お父様は毅然と状況を確認する。
「殿下の病状は?」
「はい。熱にうなされているそうです。ずっとリイナ様の名を呼んでおられると」
「それで、陛下がリイナに来城しろと命を出した、ということかな」
「左様でございます。お嬢様にはただちに城に来るようにと」
「なるほど。まだ陛下には婚約破棄の報告はしていないようだね」
お父様は髭を撫でながら「実に彼らしい」と小さく笑って、私に視線を向けた。
「無理にとは言わないよ。君は当人から婚約破棄を言い渡されたんだ。彼のワガママに君が付き合う道理もない。私から破棄を理由に丁重に断りを入れることだって出来る」
判断が私に委ねられて。
「エドの病は……ひどいものなのですか?」
私が震える声で尋ねると、メイドさんは顔をしかめた。
「申し訳ございません。私はそこまで聞き及んでおらず……ただエドワード殿下は今まで風邪ひとつ引いたことがないと聞きます。その殿下がお倒れになったとのことですので……」
あの白豚王子、あんな不健康そうな見た目して健康児だったとは。
本当、初めて会った時は散々だった。
デブだし、ニキビひどいし。息も臭いし。髪もボサボサ通り越してベタベタだし。どもりすぎて何言っているかもわからないし、笑い方だって気持ち悪い。
本当に最低だった。外面に良い所なんて何一つとしてなかったくせに――それは全部、彼の本質ではなかった。
盗賊のアジトに先陣きって助けに来るほど勇敢で。
頭の回転が早く、会話が不本意に途切れたことがなくて。
私が彼にあれこれ指図しているはずなのに、気がつけばいつも彼のペースで。
押しが強くて。嫉妬深くて。
そんな、私が大好きな王子様が『リイナ=キャンベル』を呼んでいるのなら。
「行ってきます、お父様」
私の決断に、お父様が心配そうに眉をしかめる。
「本当にいいのかい? 彼の呼ぶ『リイナ』が君のことじゃない可能性も――」
「わかっています」
それでも、私は誰よりも知っている。病気で心細い時に、好きな人にそばにいてもらいたい気持ちを。
私は自身の胸に手を当てて、微笑んでみせた。
「エドワード様が『リイナ』を所望されているのなら、今だけでも『リイナ』になりきってきます。それが、私の償いです」
外から馬のいななきが聞こえる。すでに迎えの馬車は来ているらしい。
「……帰ってきたら、君の昔話を聞かせておくれ」
「はい」
私はドレスの裾を翻し、笑顔でそう返事をした。
私が見上げると、髭面がチャーミングなナイスミドルが意地悪に口角を上げていた。
「君の新しい父親に、君の本当の名前を教えてもらえるかい?」
「私は――――」
「旦那様! お嬢様!」
その時だった。そっと閉めていたはずの扉が勢いよく開かれる。「不躾で申し訳ございません」と言いながらも、きっちりメイド服を着たままのメイドさんが慌てて入ってきた。
「伝令です。エドワード殿下がお倒れになりました」
エドが倒れた。そのことに私の頭が真っ白になる一方、公爵――お父様は毅然と状況を確認する。
「殿下の病状は?」
「はい。熱にうなされているそうです。ずっとリイナ様の名を呼んでおられると」
「それで、陛下がリイナに来城しろと命を出した、ということかな」
「左様でございます。お嬢様にはただちに城に来るようにと」
「なるほど。まだ陛下には婚約破棄の報告はしていないようだね」
お父様は髭を撫でながら「実に彼らしい」と小さく笑って、私に視線を向けた。
「無理にとは言わないよ。君は当人から婚約破棄を言い渡されたんだ。彼のワガママに君が付き合う道理もない。私から破棄を理由に丁重に断りを入れることだって出来る」
判断が私に委ねられて。
「エドの病は……ひどいものなのですか?」
私が震える声で尋ねると、メイドさんは顔をしかめた。
「申し訳ございません。私はそこまで聞き及んでおらず……ただエドワード殿下は今まで風邪ひとつ引いたことがないと聞きます。その殿下がお倒れになったとのことですので……」
あの白豚王子、あんな不健康そうな見た目して健康児だったとは。
本当、初めて会った時は散々だった。
デブだし、ニキビひどいし。息も臭いし。髪もボサボサ通り越してベタベタだし。どもりすぎて何言っているかもわからないし、笑い方だって気持ち悪い。
本当に最低だった。外面に良い所なんて何一つとしてなかったくせに――それは全部、彼の本質ではなかった。
盗賊のアジトに先陣きって助けに来るほど勇敢で。
頭の回転が早く、会話が不本意に途切れたことがなくて。
私が彼にあれこれ指図しているはずなのに、気がつけばいつも彼のペースで。
押しが強くて。嫉妬深くて。
そんな、私が大好きな王子様が『リイナ=キャンベル』を呼んでいるのなら。
「行ってきます、お父様」
私の決断に、お父様が心配そうに眉をしかめる。
「本当にいいのかい? 彼の呼ぶ『リイナ』が君のことじゃない可能性も――」
「わかっています」
それでも、私は誰よりも知っている。病気で心細い時に、好きな人にそばにいてもらいたい気持ちを。
私は自身の胸に手を当てて、微笑んでみせた。
「エドワード様が『リイナ』を所望されているのなら、今だけでも『リイナ』になりきってきます。それが、私の償いです」
外から馬のいななきが聞こえる。すでに迎えの馬車は来ているらしい。
「……帰ってきたら、君の昔話を聞かせておくれ」
「はい」
私はドレスの裾を翻し、笑顔でそう返事をした。