白豚王子育成計画〜もしかして私、チョロインですか?〜
婚約者の対話編
ずっと私は思い込もうとしていた。
私は私。私は『リイナ=キャンベル』ではない。
『リイナ=キャンベル』の身体を借りた別人なんだ。
だからずっと切なくて。彼から向けられる眼差しが私ではなく『リイナ』に対するものだから、苦しくて。申し訳なくて。ちょっと勉強したところで政治のことなんか全然わからないし、令嬢としてのマナーもてんで身に付かない。
いつまでもベッドで漫画や雑誌を読んでいるだけの『私』じゃ、王子様の婚約者である『リイナ=キャンベル』になれるはずもなくて。
それでも、もうこの世界に『リイナ=キャンベル』は私しかいないのだから。
そんな不出来な『リイナ=キャンベル』を受け入れてくれる人がいるなら。
お父様はわかっていて私を抱きしめてくれたのだろうか。
そのことが、ずっと不安だった私にどれだけの勇気をくれるのか――を。
通された先は、エドの私室。扉を開けられただけで鼻孔を刺激する酸っぱいような臭い。何が原因だかわからない。前世でもあまり同意を得られなかった感覚だけど、私はこれが病人特有の臭いなんだと思っている。
「リイナ……リイナ……」
うなされるような苦しげの吐息の中に、たまに交じる女性の名前。
一人で部屋に入ろうとすると、
「寝台の横に水差しと熱冷ましのお薬が置いてありますので」
とメイドさんに教えられ、頷いてからエドに近寄った。
扉がそっと閉められる。またエドの私の二人きり。
前にこの場所でショウに嫉妬していた時、、彼はどんな気持ちだったのだろう。
――『リイナ』の見た目が大好きなのかな?
中身がなんであれ、見た目さえ『リイナ』ならば。
王子がひとつの道楽としてそんな人形遊びに興じていたのだとしても。
それならそれで、いいような気がした。
最愛の『リイナ』を失った彼の気が少しでも晴れるのなら。
寝台では、仰向けの大きな白豚がズゴズゴと寝息を立てていた。彼が息をするたびに布団が大きく持ち上がり、どんな夢を見ているのか、時たま悲しげな様子で「リイナ」とその名を呼んでいる。
私は用意されていた椅子に腰掛け、エドの手を握る。体型の割に骨ばった手。指先や付け根の部分に異様に固い部分があり、私は思わずまじまじと観察した。
「タコ……?」
何かを握り続けた時に出来るようなタコに、私はハッとする。
もしかして、本当に剣の練習をしていたのではないかと。
兵士からあれだけ憧れられるほどに武芸を極めていたのに、私のおねだりのために剣術まで極めようとしていたとしたら。
なんて、馬鹿な王子なんだろう。
ニセモノの婚約者だと知っておきながら、どうしてそこまでするのだろう。
ヒューヒューと苦しそうな息をする白豚面の王子の鼻を軽く押すと、ブフォッと鼻が鳴る。
「なんでリバウンドしたんですか」
そう問いかけるものの、答えはすぐに見つかった。枕の下に覗く可愛らしい包装紙。引っ張り出すと、それは見覚えのある花柄で。エドがよくくれた焼き菓子の包み紙だ。
きっと周りの目に隠れてコソコソと食べていただろう白豚の姿に、私は思わず苦笑する。私という口煩いのから逃れた典型的なデブの行動に呆れ返っていたその時。
シーンと、何も聞こえなくなって。