スイレン ~水恋~
「お嬢さんの気持ちが籠もってりゃ、茶漬けだろうと構いやしねぇが」

渋く片手を上げ、ミニバンの助手席側に回った伊沢さん。素面(しらふ)の志田が無言で運転席のドアに手をかけたのを、咄嗟に呼び止めた。

「その、いろいろ面倒かけて悪いわね」

ここに住むのは、あたしにしてみたらサプライズだけど、隆二はもっと前からお兄や実家に根回ししてたはず。黙って好きにさせてもらえてる分、しわ寄せが行くのは世話係。あたしだってそれなりに良心が咎めてるの。

「・・・全く割りに合いませんよ」

「だーかーらー、謝ってるじゃない!」

「オムツまで替えた女が今更でしょう」

嫌味だか本音だか、相変わらずの無表情男に脳内で吠えた。人前でオムツとか言わないでよバカ~っっ。

ガレージを出た車のテールランプが、右に流れて暗闇に消えてったのを見届け、リビングに戻った。壁掛けテレビから漏れるステレオ音声の他はひっそりとしてて。急に二人きりになったせいか、街中じゃないからか、こんな静寂に包まれてるとまるで。

「静かすぎて無人島にいるみたい」

「そっちのが良かったんだけどねオレも」

艶めかしく笑んだ隆二は絵になる仕草で、首許からネクタイを抜き取る。

「だれにも邪魔されないで、オマエを独り占めできたのに」
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