スイレン ~水恋~
翌日。バイトから戻ったらのんびり寝こけてた隆二を起こし、遅めなランチのあとホームセンターやスーパーを回った。

歳末モードで普段より駐車場は大混雑。お正月を迎える(せわ)しさは嫌いじゃなかった。新しいものを調(ととの)える儀式みたいで。

カートを片手押しでゆっくりついて来る男は、たぶん誰の目からも極道には見えない普通のダンナさま。柔軟剤売り場で新商品に目移りするあたしの首筋あたりに、鼻をすり寄せる仕草で「オレはこっち」。ついでに唇まで盗んでく。

結局いつものに手を伸ばすと、隣りの年配女性客がガン見してたからにっこり笑い返した。甘々で困ってるの。分けてあげたいくらい。

寄り道したパン屋さんで朝食用のライ麦パンを買って帰り、車から荷物を抱える隆二の背中に想像が膨らんだ。子供抱っこするのもけっこう似合うわよ? 

お夕飯は牡蠣鍋にした。締めの雑炊奉行は隆二、チーズと黒胡椒を効かせたリゾット風は鉄板で。食べ過ぎた分、明日のおやつを減らすのを固く誓った。

ちょうど洗い物を片付け終わった頃、支度を済ませた隆二を玄関で見送る。

三つ揃いの正装に黒革のコートを羽織った姿は、あたしが知ってて知らない、柳隆二。襟元に覗く桜花紋の和柄ネクタイは、ネットで見つけて一目惚れして、バレンタインに贈ったの。
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