スイレン ~水恋~
「お嬢」

少しは生き返ったのか、うんざり感の薄まった志田に呼ばれて視線を戻した。

「これ以上増えると右手が空かなくなるんで、荷物をロッカーに預けてもかまいませんかね」

両手で持てばいいじゃない?・・・と言いしな思い出す。利き手は塞がないのが鉄則だったっけ。

「いいけど。・・・じゃなくて、やっぱりいい。駐車場も渋滞になるでしょ、これ飲んだらそろそろ出るわ。途中どっかに寄って食べて帰るのでどう?」

「・・・気は済んだんですか」

「済んだことにするのよ」

大人ぶって言ってみた。口に出すとそんな気になれる。人間て単純だ。

ダルマが逆立ちする奇跡が起きたって、もうあたしだけのお兄に戻りはしないの。逆にお兄が嫉妬するくらいの熱愛でもして、結婚式で男泣きしてもらうんだから。

見えない拳を天に向かって振り上げた。・・・誓って自暴自棄(ヤケクソ)じゃないから!
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