スイレン ~水恋~
お兄は誰かしらに囲まれて穏やかに笑ってた。後悔はない顔してた。・・・分かってるの、納得しないで杏花さんを選ぶはずないから。これから二人で愛情を積み上げていけるって確信したから結婚した。お兄はそういう(ひと)だから。

でも寂しい。口惜しい。ずっとあたしだけのお兄でいて欲しかった・・・!

鼻の奥がつんとして目頭が熱くなる。・・・あ、泣く。席から立ち上がり座敷を出る。

「お嬢・・・どちらへ」

志田が音もなく後ろから付いてきた。

「お手洗い・・・っ。ひとりで大丈夫!」

振り返らずに言い放って板目の廊下をずんずん歩くあたし。婦人用の化粧室で自分を鏡に映してみれば、眉が八の字になってる情けない表情(カオ)

お父さんもお母さんも身内一同、メデタイメデタイって(よろこ)んでるのに。妹のあたしが水差すなんて真似は赦さないから!

両頬を軽く叩いて気合いを入れ直す。お庭でもしばらく眺めてそれから戻ろう。ふっと息を逃してお座敷とは違う方向に踵を返した。今日の主役はお兄と杏花さん。・・・脇役の出る幕はないものね。
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