壬生狼の恋ー時を超えたふたりー
「土方、俺のことはほおっておいてくれ……」

新選組のお抱え医師、松本先生がこの場にいない以上、銃弾の当たった身体を治療できるものはいなかった。

それがわかっているからこそ、井上先生は自分を見捨てるように言ったのだろう。」

「源さん、できないですよ。
貴方を置いていくなんて。

ずっと一緒に新選組を引っ張ってきた貴方を置いていくなんて…」

土方先生と井上先生は新選組という名前になる前から、壬生浪士組だったころから、それが結成される前から同じ試衛館道場で剣術を学んだ旧知の仲だった。

このふたりの絆は他の新選組隊士がうかつに介入してはならないほどのもので、私たちはただふたりを見守ることしかできなかった。

「土方、最後に一つだけ頼みたいことがある。」

「最後なんて言わないでください。
俺はいつだって源さんの頼みだったら聞きますから。

だから生きてください…!」

土方先生は泣きそうになりながら、必死に井上先生に話しかけ続けた。

しゃべっている限りは死ぬことはないだろうという考えから。

「そんな顔すんなよ…

俺の頼みは、俺が見ることのできなかった未来を見てくれってことだ…

自分の身体は自分が一番よくわかる。

これはもう無理だなって…

土方、頼んだぞ……」

「嫌です!
源さん…!

目を開けてください!
源さん…!」

土方先生の叫び声が井上先生に届くことは二度となかった。

井上先生は土方先生の膝の上で、土方先生に看取られながら、多くの新選組隊士に看取られながら40歳という若さでこの世を去った。

土方先生の目には溢れんばかりに涙がたまっていた。

私が入隊してから一度も見たことがなかった、土方先生の涙が目を閉じた井上先生の顔にぽたりぽたりと落ちていった。
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