壬生狼の恋ー時を超えたふたりー
「斎藤先生、他に覚えてもらうことって?」

机に向かって書き物をしている斎藤先生に私は声をかけた。

「これ、とりあえず覚えて。

前に新入隊士が帰ってこれなくなったことがあってから、必須になった。」

そう言って斎藤先生が私に差し出したものは、前に覚えたことのあるものだった。

「これって、もう言えますけど?

まるたけえびすにおしおいけ
あねさんろっかくたこにしき
しあやぶったかまつまんごじょう
せきだちゃらちゃらうおのたな
ろくじょうひっちょうとおりすぎ
はっちょうこえればとおじみち
くじょうおおじでとどめさす」

私は紙を見ずに紙に書いてあった京都の小路歌をそらんじて見せた。

「歌えることくらいわかってる。
だが、お前はあくまで南部出身になっているんだ。

南部出身の人間が最初からそらんじれるのはあり得ないのだから、それくらい理解しろ。」

そう言われ、ここでは南部出身の人間だということを思い出した私は「すみません」と斎藤先生に謝った。

「今日の夜、ちゃんとたどたどしく言えているのか確認するから、それまでにはじめて歌を知った人間になれ。」

「もう一度だけ聞いて下さい。
所見の人をやって見せるので。

まるたけ、えびすに、おし…おしおいけ
あねさん、ろっかく、たこ、にしき?
しあや、ぶったか…まつ、まん、ごじょう
せきだ、ちゃらちゃら…うおのたな…
ろくじょう、ひっちょう、とおりすぎ
はっちょう、こえれば、とおりみち…じゃなくてとおじみち
くじょうおおじで、とどめ、さす!

これくらいならわざとらしくないと思うんですけど、どうでした?」

これでも女優なんだと自分に言い聞かせ演技をして、読んでみたのだが、これが斎藤先生にはおどろきだったらしい。

「お、おう…
なんか逆にすごいな…

まぁ、こんな感じなら大丈夫だろう。」

「ありがとうございます。
あと、お願いがあって…
小太刀の模擬刀とかってありませんか?」

今日、沖田先生と試合をして分かったことが、剣道のやり方では勝てないということだった。

唯一役に立ったのはすり足だったが、それ以外は駄目だった。

「いや、わからねぇあ…
あるとしたら道場の物入のところだから、それを持って行っていい。

それ、重かったのか?」

きっと普通の刀が重いから交換したいのだろう、そう思われているようだったが、実際にはそういう理由ではなかった。

「まあ、そんな感じです。
ありがとうございます、探してみます。」

私は部屋を出て、意気揚々と道場へ向かった。

「だから、今日はおとなしく勉強しろって言っただろうが…」

そう斎藤先生があきれていることを知らずに…
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