壬生狼の恋ー時を超えたふたりー
「斎藤君は元気?」

なぜ急に一さんの名前を出すのだろうと思いながら私は「ええ」と小さく呟いた。

「君は今すぐ警察官を辞めなさい。

診断書ならいくらでも書いてあげるから、なるべく早く…
今日明日とかにでも。」

そう言って松本先生は私に背を向け何か書き物をした。

私の病はそんなに悪いのだろうかと心配になっていた矢先、松本先生の口から想像もしていなかった言葉が出てきた。

「おめでとうと言っていいのかな?
妊娠してるよ。

これから先は男のふりをしていても否応なしに女性らしくなっていくだろう。

まぁ、君は新撰組にいたときから十分女性にしか見えなかったけれど、周囲が気づいていなかったのだからいい。

しかしこれからは、妊娠しているということは母体は赤ちゃんを出産するために準備期間に入るし、下手に仕事を続けていると赤ちゃんが危険な状態に、最悪の場合母体にまで…

これを帰りがけに提出するといい。

表向きは心臓の病で警察官の職務を続けることが無理になったとし、警察官を辞めた後は女性として生活すればばれないだろうし。」

そう言って松本先生は先ほど書いていた診察結果を私に手渡した。

私は自分が妊娠しているということに驚きを隠せずにしばらくその場で固まっていた。

少ししてもしかしてあの時に…と思い当たる節に気がついた私は若干顔を赤らめながらうつむいた。

「これはほかの人からの受け売りだけど。

妊娠ってとてもすごいことなんだよ。
後世に命を伝える人がいるから人間は滅びない。

だから何も恥じることではない。
きっと斎藤君も喜ぶと思うよ。」

松本先生から妊娠は恥じることではないと言われたものの、まだ籍を入れていない状態で妊娠するのはいかがなものかと考えずにはいられなかった。

私の知る未婚の母という存在は周囲から厳しい目で見られ、それにひとりで耐えようとするあまりに誰にも相談することなくひっそりと…という最悪な状況に陥るというものだった。

この時代の妊娠に関して知識のない私はどうしても未婚の母の厳しい現実を考えざるを得なかった。

「でも、まだ一さんとは結婚してないのに、この子は生まれてきて幸せになれるのでしょうか。」

私は自分のおなかをさすりながら松本先生に質問した。
< 212 / 271 >

この作品をシェア

pagetop