エセ・ストラテジストは、奔走する
「……茅人、眠くないの。」
「眠い。」
3大欲求の一つを正直に吐き出した茅人は、くあ、と欠伸をしてぼうっとしたまま自分の鎖骨あたりを何の気なく綺麗な指で掻いた。
そういうのもなんか、やけに艶やかに映るから朝からやめてほしい。
「ね、寝てて良いよ、お昼前には起こす。」
「なんで。」
まだ社会人3年目の私が、自分のお給料でこの大都会の東京で住処を構えるのは、選ぶところから大変だった。
なんの変哲もないアパートのキッチンは、狭い。
「え。」
なんで、って。
「千歳は、寝ないの。」
築年数もそれなりだから、ギ、とたまに床が鳴いたりもする。
今がまさにそれで、その音が聞こえたと実感した次の瞬間には、いつの間にか私はシンクの前で、瞳に眠気を孕んだままの彼に距離を詰められまくっていた。
「…茅人、」
静かな朝に、自分の声はよく響く。
私の呼びかけに応えるように、彼はそのままそっと私の頬に指先を這わせた。
何年経っても、少し触れられるだけで、まるで付き合いたての頃と同じように挙動不審さを隠せない私の
脈拍の音も、茅人にはいつも聞こえてるんじゃないのかな。
「千歳。」
「は、い。」
私を見下ろすその表情も、名前を呼ぶ声も、涼しく乱れの無いままなのに。
朝に似つかわしくない瞳の奥の熱に、気づいてしまう。
「___千歳、シたい。」
「、」
茅人は、基本的に無口な人だ。
ポーカーフェイスを携えた人間の部類に確実に入るし
表情が崩れることもそんなに無い。
だからこそ、寡黙な彼の要求はとてもシンプルで、
聞いた瞬間、顔だけじゃなくて体の全部が茹で上がったみたいに熱くなる。
目を見開きながら、それでも何とか、「ちょっと待って」と口を開きかけると、両頬に手が覆うように添えられて、そのまま呼吸を奪う口付けが落とされた。