エセ・ストラテジストは、奔走する
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「…茅人。」
「なに。」
「え、円陣でも組んどく!?」
「……なんで。」
「いや、気合い入れたほうが良いかなと…」
「よく分からない。」
平然とした綺麗な顔でピシャッと言われてしまって、ぐ、と押し黙ったらその様子を一瞥した彼が少し目元をほぐしている。
ワイシャツのカフスを留める伏目がちの横顔さえ、とても格好よくて思わずじっと見つめてしまった。
土曜日の、早朝。
いつもなら朝の弱い茅人はまだまだ寝ている時間なのに、こんな風にカッチリした服装に着替えさせているのは私に原因がある。
「…ごめんね。」
「何が?」
「その、わざわざまた地元まで来てもらうことになって…」
頼りない声での謝罪は、視線と共に床に落ちる。
いつもと何も変わらない私の狭い部屋でそう伝えると、着替えの手を止めた茅人が私の顔を覗き込む。
透き通る眼差しは、朝に呼応してきらきらしたままに私を映していて、それだけで心臓が煩く動いた。
「…謝罪される必要あったっけ?」
「……」
「"結婚前提に一緒に住みたいです"
それを俺が千歳の両親に伝えに行くのは、当たり前だと思うけど。」
さらりと告げた茅人は、そのままとても自然に私の唇に掬うように軽く触れた。
「…お父さんがもし怒鳴ったりしたら、
私が茅人のこと守るから安心して。」
「そんな男、尚更許してもらえないだろ。」
私の決意を、ふと笑ってあっさり拒否する彼を見てると、やはり不安は増える。
あの頑固な父は、今日、今から新幹線で実家に帰ろうとしている私達をどんな風に迎えるのか想像もできない。
母には事前に連絡しているし、それなりに茅人とのことを認めてくれているとは思うのだけど。
なんせ母も、茅人と初対面の時に「イケメン〜〜!!」などと叫んでいた人だから、大丈夫だろうかと思ってしまう。
「……千歳。」
「はい。」
「円陣は、要らないけど。」
「うん…?」
目の前の茅人は、そう言ってあっさり私の右腕を掴んで自分の胸元に引き寄せる。
そのままぎゅ、と抱きしめられたら私の全部は彼に包まれて、予想を全くしていない展開に心臓は勿論大忙しになった。
「……ちょっと、パワーは貰っとく。」
「…、」
腕に力を込めてそう告げた茅人の心音も自ずと聴こえて、自分のものと重なって。
私と同じように早い鼓動を感じれば、彼も今からのことを緊張しているのだと、流石の私も分かる。
「…パワーなんか、いくらでもあげます。
今日、よろしくお願いします。」
背中に両腕を回しながらそう言ったら、顔は見えてないけど耳元で微かに空気の振動が伝わって、「こちらこそ。」と答えながら、茅人がちょっと笑ってくれた気がした。