エセ・ストラテジストは、奔走する
「千歳。」
柔らかい声で名前を呼ばれたら、私はどうしたってこの人に囚われる。
抱きしめるために伸ばしていた腕を解いて背の高い彼を見つめたら、その数秒後には再び唇を塞がれた。
顔を傾けて腰を折って、器用に私に熱を共有してくる彼のシャツを咄嗟に掴もうとして「あ、皺になるかな」なんて変なところの気を回してしまうのは、逆に凄くドキドキしているせいなのだろうか。
不自然に浮いた手に気づいたのか、それを握って指を絡ませる茅人がそのままキスを深めていく。
「…っ、茅人、」
「うん。」
呼吸の合間を縫ってなんとか名前を呼ぶと、とても平静に返事はするくせに口付けは止めてくれない。
"…パワーなんか、いくらでもあげます。"
そう言ったのは確かに私だけど、これは、ちょっと、思ってた展開と違う。
そもそも私まだパジャマだし、今日のために買ったワンピースに着替えて準備しないといけないのに、
と、そこまで考えた瞬間、呼吸をしようと力が緩んで唇が少し開いたタイミングで、歯を割って自然に舌を絡ませてくるこの人は、何を考えているの…!
「…ま、って、」
「………、」
懇願に近く告げたら、鼻先は触れ合いながらも、漸くキスが止まった。
沈黙の中で、お互い瞬きだけして暫く見つめ合った後、
「……パワー、持っていき過ぎです。」
「…危なかった。」
私の非難に対する茅人の"危ない"が、どういう意味かは深堀りしないでおいた方が良いかもしれない。
でも、「ごめん」と微かに笑みを見せつつ謝罪した彼が再び抱き締めてくれた時。
茅人からさっきまでとは違う心地よい心音が聞こえて、自分は速い鼓動を保ったままのくせに結局嬉しくなる私はもう、この人が愛しくてたまらないのだと思う。