それは、魔法みたいに


「コーヒーなんて飲みたい人が勝手に淹れればいいでしょ」

「でも俺の仕事なくなっちゃうよ?」

「コーヒーを淹れる仕事なんてこの会社には存在していません」

当然のように言われて、突っ込むことすら躊躇ってしまう。

この人、新人ではないよね? 私と同期だよね? ましてや社長令息でしょう。他人のコーヒーなんて淹れる必要ない。


「まさか今までの部署でそんなことやらされてたの?」

「いや、やらされてたっていうか俺ができる仕事ってあまりないみたいでさ」

ニコニコとしながら今まで人の好みに合わせてコーヒーを淹れることが仕事だったと話す御上千香。

これが喫茶店の仕事であればいいけれど、私たちの仕事はコーヒーとは全く関係がない。


それよりも気になるのは——


「なんで笑ってるの」

「え?」

「できる仕事がないって本気で思ってる?」

この人は、きっと今まで周囲からきちんと仕事を教えられてこなかった。それは彼が社長令息だから指導がしにくいとか、下手なことを言って飛ばされることを恐れた社員もいるのはわかっていたけれど……これはあまりにも酷い。


「いやぁ……それはまあ、なんていうか……俺に指示だしにくいとかそういうのもあるんだろうなとはなんとなく? 思ってたよ」

どこか諦めたようなその表情に苛立ちが募る。それと同時に虚しさが広がって、苦い感情になっていく。


大人って、時々馬鹿みたいな気を遣う。それが私は心地悪くて嫌になる。




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