「…………きみ、ほんとずるい」
どさり、鞄が地面に落ちた。
それを頭では理解しているけれど、視線は、足元ではなく背後へと向いた。
「……一和理、」
シルバーアッシュのツーブロック。右眉尻に丸玉のピアスと下唇の左端に二連のフープピアス。黒のフードパーカーに細身のジーンズ。昼間のオフィス街には少々不相応な出で立ちのその人は、掴んだ私の腕はそのままに、落ちた鞄を反対の手で拾った。
「……腕、離してくれない? あと、鞄、返して」
掴まれていない方の腕を出して返せと催促するも、目の前の彼はそんな素振りを見せようともしない。私を見たあと、隣にいる眞鍋さんを一瞥、そしてまた私へと視線を戻した。
「……もう、新しい男がいんのかよ」
「……は?」
「一方的に俺のこと捨てて……他のに乗り換えて……遊びだったのかよ、俺は」
「っ、い、」
ぎちり、掴まれている部分に力が加わって、痛みを孕む。
彼は、言葉遣いが少し乱暴だし、短気なところもあってすぐ怒ったりはしていたけれど、こんな風に力任せに触れられたことは一度たりともなかった。
「……痛い。離して」
彼から向けられた言葉に反論したいのに、痛みが先行してそれをどうにかしようとする言葉しか出てこない。
「…………だ、」
「……え?」
「嫌だ。離したら、逃げるだろ」
ほんの少しだけ力がゆるむ。けれど、解放はされなかった。